後天的に人見知りになる可能性も

「“KY”が流行語になる社会がおかしい」人見知りの克服法を相談したら意外な展開に…

ライフスタイル

連載

シゴトに効く「カラダハック」

連載へ

人と目を合わせられない、たくさんの人がいる飲み会が苦手…

こうした悩みを抱えている人は、意外と多いのではないでしょうか。自分がもっと人懐っこかったら、仕事ももっとうまくいくのに。もしかしたら、この人見知り、神経科学で解明できるのでは?

そんな無謀なことを考え、東京大学薬学部教授であり大脳生理学を専門とする池谷裕二先生に相談してみました。

「人見知りは難しいですね…」としばらく考える池谷先生。「的はずれな相談をしてしまったかも…」と思った矢先に、池谷先生が口にしたのは予想外の答えでした。

人見知りで困っている→ もしかしたら、自閉スペクトラム症の可能性も

ライター・崎谷

ライター・崎谷

池谷先生、私、パーティーなどで、初対面の人とうまく話せないんですよ。

そもそも自分から話しかけることができません。

こういう人見知りって、原因があるんでしょうか
池谷先生

池谷先生

…もしあまりにも人と会話が噛み合わないな、とか、自分の一言で場の空気がおかしくなっちゃうな、と思うなら、自閉スペクトラム症(=自閉症、アスペルガー症候群などの総称)について調べてみるといいかもしれません。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

えっ!? その可能性は考えたことがありませんでした。
池谷先生

池谷先生

僕の専門は神経生理学で、昔から興味をもっていたんです。

典型的な自閉症から、知的障害がない高機能自閉症やアスペルガー症候群などまでが、現在では「自閉スペクトラム症(ASD)」という診断名に含まれているので、ここではASDと呼ぶことにしましょう。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

ASDの人は、どのくらいの割合でいるんですか?
池谷先生

池谷先生

全体でいうと、10人に1人はASDだという調査結果もあります

これって、AB型と同じくらいの割合なんです。とはいえ、文部科学省の調査では1.1%という結果が出ているので、幅があるんですけどね。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

10人に1人だとすると、クラスで言えば3、4人はいるということですよね。

それなら「自分も…?」と考えてしまうかも。

思ったことをそのまま言って失敗…それを繰り返して、人見知りに

ライター・崎谷

ライター・崎谷

ASDの人は、人見知りになりやすいんですか?
池谷先生

池谷先生

そうですね、初対面の人と打ち解けて話をする、ということはあまりありません

また、その人見知りは後天的に身につけたものかもしれないんです。

例えば、ASDの人は思ったことをそのまま口に出す、という特性があります。太っている人に「すごく太ってますね」と初対面で言ってしまうとか。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

言うと相手が気を悪くすることが、わからないということでしょうか。
池谷先生

池谷先生

そうです。でも、それで相手が嫌な顔をすれば、自分がまずいことを言ったんだな、と気づく。

嫌な顔をされたり、「失礼だな!」と怒られたりするのは苦い記憶なんですよ。だから、人と関わると嫌な思いをする、という学習をしてしまうことがある。それで、だんだん人見知りになっていくんです
ライター・崎谷

ライター・崎谷

ASDの人はそうしたコミュニケーションの困難のほかに、どういう特性があるんですか?
池谷先生

池谷先生

「常同行動」という同じ行動を繰り返すこと、興味が限定されていてこだわりが強いこと、あとは感覚過敏といって、視覚や聴覚、触覚などが鋭すぎるという特性もあります。

ただ、これらは一例で、ASDの人の中でも当てはまる人と当てはまらない人がいます。

東大の学生や政治家には高機能自閉症の人が多い!?

池谷先生

池谷先生

実は、東京大学には高機能自閉症の学生が多いんですよ。

そのため、私たち東大の職員は、ASDの学生への接し方について研修を受ける機会が設けられています
ライター・崎谷

ライター・崎谷

そうなんですね…! 東大の研究室に、高機能自閉症の人が多いのはなぜなんですか?
池谷先生

池谷先生

理由ははっきりとはわかりません。ちなみにASDの人は、興味ある対象に高い集中力で取り組んだり、言われたことを遂行したりするのが得意という特性があり、それは受験勉強には有利に働く可能性はありますね

あと、ASDの特徴として特定の事物へのこだわりが強い、というものがあるのですが、それが何か一つのことを突き詰めて研究するのにも向いていると思います。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

なるほど…。その特性が勉強にうまくハマると、「勉強ができる」「頭がいい」人になるんですね。
池谷先生

池谷先生

大学の教授なんていうのは、ほぼ全員、高機能自閉症だ」と暴論を言う人もいます(笑)。それは冗談ですが、たしかに研究者にASDが多いと言われてもあながち否定できません。

あとは、医師や芸術家、政治家や起業家にもけっこういるとみてよいかもしれませんね。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

ええー! 政治家になるような人は、自閉症の特性とは真逆だと思っていました。
池谷先生

池谷先生

もちろん、政治家は社交性も必要ですから、仮にASDであっても軽度の人が多いと思いますけどね。

でも、目線や発言内容を見ていると、ASDの特徴を持っている人はけっこういるかもしれません。

そういう人たちは後から身につけた技術で、コミュニケーションをうまくやっているのだと思います。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

ASDの人は、「空気が読めない」と言われたりしますよね。努力したら空気が読めるようになるんですか?
池谷先生

池谷先生

完全には難しいですが「こういう場面はこういう対応をする」というパターンを覚えるなどして、少しずつ適応していける人もいます。ただ、やりすぎるとその人自身がつらくなってしまうので、難しいところですけどね。

「空気が読めない」ということを表す「KY」が、流行語大賞にエントリーされたことがありますよね。僕は、そういう言葉が「流行る」なんていう社会がおかしいと思います。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

コミュニケーション下手や人見知りに厳しい世の中ですよね…。
池谷先生

池谷先生

ASDを「障害」としているのは、社会の構造なんですよね。ちょっとくらい場の空気を壊す人がいても、みんな気にしなかったら、障害にはならない。学校教育でも、みんな一緒にして均等に扱おうとするから、外れ値の子どもがつらい思いをする。

明らかに知的な遅れがある、学習に困難があるという場合だけでなくても、ASDの傾向が少し見られる「ちょっと変わった子」くらいの子でも、サポートが受けられるといいですよね。

遺伝的要素が強く、「障害」というよりは「個性」のような側面も

ライター・崎谷

ライター・崎谷

ASDは遺伝的要素が強いんですか?
池谷先生

池谷先生

そうなんです。「発達障害」や「自閉症」という言い方も、もっと別の言葉があればいいと思います。僕はそれって、全部「個性」だと思うんですけどね
ライター・崎谷

ライター・崎谷

個性。たしかに、性格なのか、発達障害の特性なのか、その境目はわかりにくいですよね。
池谷先生

池谷先生

ダイバーシティが大切」とけっこう前から言われていますよね。だったら発達障害の特性も多様性の一部と捉え、もっと学校や会社の環境を整えるべきですよ。周りに合わせられない発達障害の人でも活躍できるよう、もっと配慮すればいいのにと思います。

…と、すみません(笑)。ASDに対する世間の理解があまりにも足りないなと常々思っていたので、ここで話してしまいました。
ライター・崎谷

ライター・崎谷

いえいえ、勉強になりました…!
人見知りの克服方法について聞こうと思ったら、話が思わぬ展開に…!

しかし、自分の特性を知って、それに合った対処をするというのは、発達障害の人でも、そうでない人でも、同じなのかもしれません。

自分がなぜ人に話しかけるのが苦手なのか、じっくり考えてみよう、と思いました。

〈取材・文=崎谷実穂(@yaiask)/編集・撮影=天野俊吉 新R25編集部(@amanop)〉