ビジネスパーソンインタビュー
“本気の旅好き”が夢中になるサービスの真髄とは…?
旅行業界が苦しいなかでも成長中。「一休.com」を変えた異色の社長が語る“愛されるサービスの裏側”
新R25編集部
仕事の現場で奮闘するビジネスパーソンたちの魅力、スキルを“○○力”と名付けて、読者のみなさんにお届けしたい! 題して、連載「あのビジネスパーソンの『○○力』」。
今回登場するのは、株式会社一休の代表取締役社長・榊淳(さかき・じゅん)さん。
【榊淳(さかき・じゅん)】株式会社一休の代表取締役社長。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)にて金融工学を駆使したデリバティブ取引等のプライシングを担う。2001年に米国スタンフォード大学大学院にてコンピュータ・サイエンスを学んだ後、約6年間コンサルタントとして活躍。2013年に株式会社一休に正式入社し、2016年2月に代表取締役社長に就任。2021年4月からヤフー執行役員トラベル統括本部長を兼務
高級ホテル・旅館・厳選レストランの予約サイト「一休.com」は、旅行業界に多大な影響を与えたコロナ禍のなかでも業績が伸びつづけているそうです。
そのきっかけは、もともとコンサルとして関わっていた榊さんが、一休に入社したことだったんだとか。
榊さんの入社前から在籍されていた社員さんにもご同席いただき、「一休.com」成長の軌跡を深掘りしました。
〈聞き手=福田啄也(新R25編集部)〉
「社長って暇なんですよ」一休代表・榊淳が現場最前線に立つ理由
福田
今回は「○○力」という企画で、榊さんの社長としてのスキルを深掘りさせていただければと思っています。
榊さん
社長かぁ…あまり「僕は社長だ!」とか考えたことがないんですよね。
だって社長って…やることないでしょ?
福田
ええっ!?
会社の次のビジョンを考えたり新しい事業を構想したりと、かなり忙しいイメージなのですが…
榊さん
もちろんそれも大事だけど…時間をかけたからといっていいビジョンが浮かぶとは限らないじゃないですか。
案外サウナでパッとひらめいちゃうかもしれないし。
全経営者のみなさん、そうなんですか?
福田
じゃあ榊さんは、社長業以外に普段はどんなことを?
榊さん
いちデータサイエンティストとして、現場で「一休.com」のサービス改善をしています。
社内のデータサイエンティストと、パフォーマンスの競争をすることもありますよ。
その社員が僕より早く分析を終えたら、「榊さんもまだまだですね」って言われて「クソッ!!」ってなることもあります。
かわいい社長だな…
榊さん
僕が唯一社長っぽいことをしていると言うなら…
毎週日曜日に、会社のあらゆるファクトを洗い出したレポートを100枚ほどつくって、その夜にSlackのチャンネルにアップします。
福田
社長がサービスの全データの洗い出しを!?
それって…榊さんがやることなんですかね…?
榊さん
でも、それをほかの人に任せてしまったら、僕が「ここの数字どうなってる? スマホとPCでユーザーを分けた数字が見たいんだけど…」って聞いたら「確認します!」ってなって、かえって時間がかかりませんか?
それなら初めから僕が、自分ですべてのデータを洗い出したほうが早いんですよ。
榊さん
よく「部課長が社長に数字を報告する会議」みたいなのがありますけど…アレいらなくないですか?
社長にいろいろ詰められて、ストレスで胃が痛くなる管理職が生まれちゃうじゃないですか。
福田
ストレスで胃が痛くなる管理職…想像はできますね…
榊さん
それに現場は、社長に口出しをされたくないんですよ。
「大丈夫です! ここは僕がやっておくんで任せてください!」って。僕もそうでしたし。
目指すゴールがちゃんとすり合っていれば、社長は余計なことはしなくていい。
だからやることないんです、社長って。
榊さん
僕は自分が社長である前に、いち社員としてどう会社に貢献するか、ってことを考えるべきだと思っているんです。
自分はデータサイエンスが好きだし、それを使ってユーザーエクスペリエンスをよくする方法を思いついちゃう。
だったらそれを推進したほうが、会社の利益になるじゃないですか。
探究心の向かう先が「会社よりもサービス」…社長っぽくない理由がわかった気がします
榊さんのジョインで上向きに。伸び悩む一休を変えた“データドリブン思考”
福田
榊さんは、2013年にコンサル会社から一休に入社されたんですよね。
今日の取材にご同席いただいている社員さんのなかで、当時のことを覚えている方はいらっしゃいますか?
執行役員 CHRO 管理本部長の植村さん
榊さんが入社するまで「一休.com」は数年伸び悩んでいたんですよ。
私は当時営業だったんですけど、お客さまとのアポに同席した榊さんに「ひどい提案だったね」って言われてました(笑)。
すごい辛口
榊さん
そりゃ言いますよ〜。
超高額の費用をいただいているお客さまなのに、「先月はこうでしたね。今月はこう頑張りましょうね」みたいな提案しかしてなかったんですから(笑)。
それだったら、「土曜日に満室予約のホテルはこういう打ち出し方をしてます」って根拠を示した提案をしないと。
植村さん
…そんなふうに、榊さんが来てからは営業もサービスも“なんとなく”感覚でやってたことが全部数字ベースの思考に変わって。
そこから、すべてが上向きましたね。
これには榊さんもしたり顔
福田
実際、数年伸び悩んでいたところを、どう打破したんですか?
榊さん
そもそも「一休.com」が伸びていなかった理由は、リピーターが増えないからだったんです。
それまでは「顧客数を伸ばすために、いかに新規顧客を増やすか?」という思考だったんですけど…新規顧客を集めている理由って、サービスの継続利用者が少ないからじゃないですか。
だったらリピーターを定着させつつ、新規顧客の獲得もできたら雪だるま式に伸びていくなと。
福田
ふむふむ。
そのリピーターを増やすために、どんなことを?
榊さん
データを活用して、ユーザーコミュニケーションを改善したんです。
たとえば、宿のお得情報を伝える“メルマガ”。
それまでは1人のお客さまに対して、毎日10通のメールを送っていたんですよ。
しかも、そこから1日30通に増やそうとしていて。
福田
おお…
毎日30通もメールが送られてきたら、さすがにわずらわしいですね…
榊さん
そうですよね。
なので、お客さまの嗜好を30パターンの属性に分けて、それぞれにマッチする情報を1日1通送るようにしたんです。
そうすれば、お客さまのストレスが少なくなるし、パーソナライズされたお好みの宿情報が届くので予約率も上がりますよね。
福田
そこからユーザーデータの活用で、「一休.com」が活性化していったと。
今となっては当たり前になりつつありますが、当時の一休にいた人たちからしたら「こんな方法があったのか…!」といった感じでしょうか?
植村さん
そうですね、だからすごく楽しかったですよ。変化することが進化につながるから。
もともと「『一休.com』は素晴らしいサービスだ」という自信はあって、そこにちゃんと成果として数字が伸びていくから「やっぱり自分たちのサービスはいいものなんだ」って、より思うことができましたし。
その実感値が、組織を前へ前へと進めていましたね。
この話だけで、めちゃくちゃいい組織だなと実感しました…
コロナ禍でも成長中。「旅行好きのファン」を定着させる「一休.com」の裏側
福田
そういえば、旅行業界がかなり苦しい思いをしたここ1〜2年でも、一休は業績が下がらなかったと聞きます。
榊さん
詳しい数字は言っちゃいけないんですけど…
僕が入社してから10倍とかに近いサイズで成長していますね。一度も数字が下がることなく。
福田
10倍…!?
なぜ一休はそんなに伸びてるんですか?
榊さん
コロナ禍になる前から、ユーザーエクスペリエンスの向上にこだわっていたことで、“本気の宿好き”のファンがついてたからですかね。
福田
ファン…
榊さん
たとえば「ZOZOTOWN」は、「3度の飯より服が好き」っていうお客さまを抱えているから、コロナ禍でも関係なく売り上げが上がっていました。
外出ができなくても、新しいアイテムが出たら買ってくれますから。
うちも一緒で、「旅行が好き」「高級な宿が好き」…そういう本気のお客さまは、コロナ禍であっても感染対策をしっかりして旅行に行くわけですよ。
そういったお客さまが「一休.com」には多くいらっしゃったからだと思います。
福田
でも正直、旅行の予約サイトってどれも同じに思えるんですけど…
どこで差別化をして、ファンをつけたんですか?
榊さん
お客さまにとって一番“心地いい予約体験”にこだわることですかね。
「一休.com」はデータサイエンスの力で、オンライン上で有人の旅行カウンターの接客を再現しているんです。
オンラインで旅行カウンターの体験…? 詳しく聞いてみましょう
榊さん
「一休.com」のターゲットは、10万円の旅行を10回、つまり年間100万円くらいを旅行で使う方なんですけど…
もし1年に10回も同じ旅行カウンターに通っているのに、毎回「初めまして」って対応されたらどう思いますか?
福田
ちょっとショックですね。
榊さん
ですよね。「福田さま、今回もありがとうございます」「今日のおすすめはこちらです!」って対応してほしいじゃないですか。
それをオンラインでも実現するために、過去のデータをもとにお客さまに合ったプランを何百とシミュレーションして、最適な宿を提案しているんです。
お客さまがサイトにいらっしゃった瞬間に、「どの宿をどのくらいの確率で予約するか」まですでに計算しおわってます。
マジか…それはちょっと恥ずかしいな…
福田
でも、いつもと違うパターンの旅行予約をすることもありますよね?
さすがにそこまでは読めないんじゃないですか…?
榊さん
そこも想定済みです。
たとえば、今までずっと京都の宿を予約してきた人が沖縄のホテルをクリックされたら、瞬時に「いつも京都の高級旅館に泊まられているなら、沖縄はこのホテルなんかどうでしょう?」って提案をしているんですよ。
福田
それが全部自動でおこなわれているんですよね…すごいな…
榊さん
しかも沖縄のホテルを見ていたらふつうは「海の近いリゾートホテルを提案しよう」と思うじゃないですか。
でも、お客さまが“1名”で検索したとしますよね。
そしたら「あれ…!? 那覇に1名…?」「はっ…!平日に予約しようとしているなら、もしかして出張かも!?」「出張ならサウナとか大浴場があるほうがうれしいよね」って、瞬時に判断して提案するホテルを変えることもあります。
「一休.com」の人間味がすごい…
福田
「一休.com」がめちゃくちゃかわいい旅行カウンターの人に見えてきました。
どうしてそんなシミュレーションができるんですか?
榊さん
過去のデータをフル活用しているからですね。
たとえばさっきの沖縄の予約についても、同じような人が過去に何100万人もいるわけですよ。
その人たちと類似した行動から分析して最適解を提案する。
これが「一休.com」がとくに大事にしているデータ×旅行予約の仕組みなんです。
福田
なるほど…それはファンがつくはずだな…
予約サービスって、条件がソートされるだけで人間味を感じない、もっと無機質なものだと思ってました。
榊さん
まぁ…とはいっても「予約が大好き」って人はいないので(笑)。
データは、あくまでも最短で“宿選びの最適解”を出すためのもの。
僕たちは、なるべくスムーズに宿を予約していただいて、早くビールを飲んでもらいたいんですよ。
さくっと予約して早々にビールを飲めていたのは、緻密な計算のおかげだったんですね…
「サービスが好き」だからこそ、現場で貢献しつづけたい
福田
ここまでの話をまとめると、「一休.com」というサービスは、榊さんがデータサイエンスを持ち込んだことで大きく飛躍したということになりますよね。
ユーザエクスペリエンスが向上したのはもちろん、それで「旅行好きなファン」が定着していったこともありますし。
榊さん
いや、データサイエンスはあくまできっかけに過ぎないと思います。
結局、伸びるサービスというのは「つくり手がどれだけサービスを愛しているか」ということで。
「一休.com」は現場のメンバーの熱量が高く、サービスとして磨けば光る部分がいっぱいありました。
そこを僕が一緒に磨いていっただけなんですよ。
榊さん
愛があるからこそ、サービス改善には時間も労力も惜しまない。
新しい取り組みをするときも、みんな「過去にこんなことをやったから応用できそうだね」「これをやればもっとみんなが使いたくなるかも!」とすぐに動いてくれるんです。
僕も「一休.com」をもっと良くしたいという思いが強い。
だからこそ、社長というポジションでみんなに指示を出すのではなく、いち社員として現場でサービス向上に貢献できる働き方をしたいんだと思います。
データサイエンスを駆使して、“お客さまの心地よさ”を追求する「一休.com」。
「一休」という古風な名前からは想像もつかないほどのテックカンパニーでした…。
サービスを愛しているからこそ、榊さんは最前線で現場に立つ。どんな立場になっても、その意識を忘れてはいけないと痛感しました。
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