ビジネスパーソンインタビュー
医師でもあり、患者だからこそ伝えられること
オストメイトは不幸じゃない!医師でもある、日本初のオストメイトモデルが見つけた「はたらくWell-being」
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。
現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはずです。
そこで、パーソルグループ×新R25のコラボでお送りする本連載では、「はたらくWell-being(ウェルビーイング)を考えよう」と題し、「令和の新しいはたらき方」を応援するとともに、さまざまな人のはたらき方や価値観を通して、ビジネスパーソン一人ひとりが今もこれからも「幸せにはたらく」ための考え方のヒントを探していきます。
今回紹介するのは、医師としてはたらくかたわら、日本で最初のオストメイトモデルとして活躍するエマ・大辻・ピックルスさんです。
オストメイトとは、大腸がんなどの病気や事故でストーマ(人工肛門・人工膀胱)を腹部に造設している方のこと。エマさんは16歳から難病を患い、2019年、41歳のときにオストメイトになりました。
そして2020年にNHKのドキュメンタリーで取り上げられ、一躍話題に。
エマさんはなぜオストメイトモデルになったのでしょうか。そして今、医師とオストメイトモデルの2つの仕事から得ている「はたらくWell-being」について聞きました。
1978年、イギリス生まれ。一度は法医学者を目指し、慶應義塾大学法学部へ進学。同大学院政策メディア研究科を経て、鹿児島大学医学部医学科学士編入。16歳で難病である慢性偽性腸閉塞症(CIPO)を発症し、25年間闘病。2016年7月には胃亜全摘術、2019年の9月にはストーマ(人工肛門)造設するなど、患者として生死をさまよう経験を持つ。医師であり、日本初のオストメイトモデルとして活動中。医師、また一人の女性・母として、さらには障害をもっている人間として、さまざまな角度から人生について、命について考える機会に恵まれる。現在は、医師としてのキャリアと共に、日本初のオストメイトモデルとして、「アカペラな生き方」をコンセプトに、人間の飾らない美しさ、豊かさをそのまま世界に発信するため活動中
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医師、そして日本初のオストメイトモデル!二刀流のはたらき方
――(編集部)「オストメイト」というワード、初めて聞きました。
エマさん
そうですよね。オストメイトと出会う機会もなかなかないと思いますし、私もそうですが外見だけではわからないと思います。
でも実は、日本には約22万人ものオストメイトがいるんですよ。
「20万人だと、だいたい文京区民ぐらいですね」「23区の1区分も!?」
――(編集部)想像していたより多い......!普段はどのように生活を?
エマさん
普段は、ストーマ(人工肛門・人工膀胱)にパウチとよばれる袋を24時間装着して生活しています。腸をお腹から直接出しているので、このパウチで排泄物を受け止めているんですね。
1日から数日でパウチを交換する必要はありますが、それ以外の生活は皆さんとほとんど同じだと思います。
――(編集部)なるほど!知らなかったので勉強になります。日本初のオストメイトモデルとしては、どんなお仕事をしているんですか?
エマさん
“モデル”という言葉でイメージされるお仕事とはちょっと違っていて、オストメイトたちが使う製品を販売する、企業のPRや学会での講演などがおもな仕事です。あとはこうしてメディアに出て、オストメイトやストーマについて話すことも仕事のひとつ。
ランウェイを歩いたり、ファッション雑誌に出てポージングをしたり…は、なかなかないですね(笑)。
――(編集部)さらに、エマさんはお医者さんでもあるんですよね。
エマさん
はい!今は、がん研有明病院の健診センターや、健診センターヘルチェックなどで内科医として週に2回ほど勤務しています。
まさに、今話題の二刀流なはたらき方
優等生から劣等生へ。苦しかった時期を越えて病気に「勝った」
――(編集部)そもそも、エマさんがオストメイトモデルになることになったストーマ造設の経緯からお伺いしてもいいですか?
エマさん
これがちょっと難しくてですね…。
というと?
エマさん
私は、「慢性偽性腸閉塞症(通称CIPO シーポ)」という難病で、簡単にいうと胃や大腸にある消化細胞がほとんど機能しなくなってしまう病気です。消化がうまくできないため、私も長年便秘に悩まされてきました。
明確な治療法がない病気なのですが、先生たちが「ストーマを造設するのはどうか」と提案してくださって。
治療法としてストーマ造設がよいのか、私も先生たちも判断が難しかったのですが、生きるための最終手段としてオストメイトになりました。
――(編集部)治療法がないということは、ストーマ造設は標準治療ではなかったと。いつ、その難病だとわかったのですか?
エマさん
発症したのはおそらく16歳のときで、正確に診断がついたのは38歳のときです。
――(編集部)“ おそらく” ?
エマさん
今振り返ると、高校生の時から何かを食べると、お腹が異常に膨らんでなかなか元に戻らなかったんですよ。朝、学校へ登校したときは問題ないのに、昼食や何かを食べるとスカートのウエストがパンパンになって苦しくて苦しくて。
でも、眠った次の日には元に戻るんです。きっと、横になったことで食べ物が流れるんでしょうね。だから当時の私は病気だという認識が全然なくて、「みんなそうなんだろうな」と思っていました。
――(編集部)確かに、食べたから膨らんだだけ、と思いますよね。
エマさん
ただ、発症から10年経ったと思われる医学部生のとき、試験前で徹夜をしていたら経験したことのない腹痛に襲われて、病院に運ばれました。医学の知識もついてきていたので、「これは何かあるな」と思ったのですが、どんな検査をしても原因不明。
発症人数の少ない病気だから、先生たちも診断できなかったのだと思います。
以来、20年以上に渡って検査をしたり、再び腹痛で倒れたりと入退院を何度も繰り返す生活を送っていました。
――(編集部)20年以上原因不明は、心身ともにしんどそうです。
エマさん
それまでの私は、いわゆる優等生街道を歩んでいたんですよ。勉強して現役で大学に合格できて、大学院にも進学。そのあと、医学部にも編入して。大変だったけど、一見すると大きな失敗もなく順風満帆ですよね。
なのに20代後半から体調不良が増えて、入退院のせいで授業にも出られない。でも病気かどうか弁明できないから「サボっている」と思われて、だんだん劣等生になってしまって。挙句、9割が合格するという医師国家試験にも落ちてしまいました。
――(編集部)くう、辛い…。
エマさん
当時、私もすごくショックを受けていたんですけど、大学の先生から「1年失敗したら、1年長く生きればいい。人生は幸せになるためにある」と声をかけてもらって…その言葉にすごく救われましたね。
その後、浪人してしまった医師国家試験にも無事合格できたとのこと!
エマさん
病気に関しても、診断がつくまで20年以上かかりましたが、その20年間で私は多くの医療従事者のみなさんに助けてもらいました。1年長くと言わず、20年以上も生き延びてきたからこそ、診断がついたときは「勝った!」と思いましたね。
もしかしたら私は、自分を救うために医者になったのかもしれないとまで感じて、標準治療ではないのにストーマ造設を提案してくれた先生たちには、感謝しかありません。
「自分が伝えるしかない!」湧き出た使命感から、一肌脱いだ
――(編集部)その後、どういうきっかけでオストメイトモデルになったのでしょう?
エマさん
私は医師でもあるので、ストーマの造設は治療法の1つだと理解していましたが、理解していてもやっぱり、日本で主流の透明のパウチをつけて、自分の排泄物を24時間直視する生活は自尊心がどんどん削られていきました。
そんなとき、たまたまInstagramで「#オストメイトモデル」と検索してみると、海外のオストメイトたちが笑顔で生活している投稿がたくさん出てきて。
一番びっくりしたのが、海外のオストメイトは、中身がまったく透けない、不透明のパウチを当たり前のように付け、ビーチやジムなど術前と変わらない生活をエンジョイしていることでした!
まず、私自身がパウチに対する不快感を払拭したくて、すぐにWOCナースさんに中身が完全に見えないパウチをお願いしたら、日本で完全に不透明のパウチを取り扱っているのは、コロプラスト社のほぼ一社だと判明し、取り寄せていただきました。
いわゆる“オストメイト”がどのようなものなのかを認知してもらうには、中身を隠さないと他人には見せられないので、この中身がまったく見えないパウチ“センシュラミオ”の存在が必須アイテムでした。
※WOCナース:ストーマの造設や褥瘡などの創傷及び失禁に伴って生じる問題に対して、専門的な技術を用いて質の高い看護を提供する看護師のこと
エマさん
ストーマもそうですが、他にも乳がんでは、乳房や乳首を切除しなければならないなど、ボディイメージが変容してしまうことで絶望感を抱く方って、たくさんいらっしゃるんです。
担当の看護師さんからも「ストーマにしたことで自殺してしまう方もいる」という話も聞きました。
――(編集部)はい。
エマさん
長年付き合ってきた自分の身体だから当然ですよね。だけど、すべては命あってこそなんです。身を持って体感しましたが、ストーマは生きている証、勲章だと私は考えています。
絶望ではなく、希望を持ってほしい。そして、楽しく生きていけるんだということを伝えたい。これはもう「私が日本にいるオストメイトたちに伝えるしかない!」と思ったんですよ(笑)。
――(編集部)使命感がメラメラと。
エマさん
そこからは早かったですね。なんらかの方法で伝えなければ、と思ったので、意を決して洋服を脱ぎ、パウチが見える姿で写真撮影をしました。
撮影は、自費でおこなったそう。
エマさん
その写真を、偶然NHKでディレクターをしている大学時代のゼミの後輩が見つけてくださり、ドキュメンタリーをきっかけにしてオストメイトモデルとしての活動が本格化しました。
「誰かのために」が私を救う。「はたらくWell-being」がそこにはあった
――(編集部)一つ気になったんですけど、オストメイトモデルとしてのお仕事もある今、医師を続けているのには理由があるんですか?
エマさん
ちょっとだけ医師で、ちょっとだけ患者の私だからこそ伝えられることや、患者さんから話してもらえることがあるからです。
たとえば、「実は便秘が辛くて」とか「パウチのことで相談があって」といった、できればお医者さんに聞いてみたいけど、聞いていいのかわからない、みたいな困りごとを聞ける立場に私はいるんですよね。
ありとあらゆる検査もたくさんしてきたので、方法や痛みなどもお伝えできる。医師としてのキャリアを正攻法的に積めたわけではないですが、これまでの知識が役に立っていてやりがいを感じています。
――(編集部)実際にオストメイトの方と接することもあるんですね。
エマさん
ありますね。むしろ、オストメイトだと公表したことで「実は私も」といった声をたくさんいただきました。
NHKでドキュメンタリーが放送されてからは、身に余るほどの有難い言葉もたくさんいただいて。誰かの生きる希望になれたのかもしれないと、オストメイトモデルをはじめた頃の野望が少しは叶えられたかな。
――(編集部)エマさんにとって、「はたらく」ってどういうことでしょうか。
エマさん
「はたらく」ことは私にとって、利他的であり、同時に利己的でもあります。私、すごく好きな曲があって、槇原敬之さんの「僕が一番欲しかったもの」という曲を知っていますか?
歌詞を簡潔に話すと、すごく素敵なものを拾ったときに横に目を向けると、その素敵なものを自分以上に必要としている人がいて、それをあげることにするんです。そして2番の歌詞も同じで、必要そうな人が現れたから、また手に入れた素敵なものをあげてしまう。
そうすると、自分には何も残らないんじゃないかと思っていたけど、振り返ってみるとたくさんの人が幸せそうに笑っている。これが僕の一番欲しかったものだと気がつく、という歌詞なんですよね。
――(編集部)じーん……
エマさん
まさに、私もこの歌詞の通り。
「誰かの役に立ちたい」「誰かのために」と思って始めたことで、実は私自身が一番救われています。医学の知識が還元できていることもそうですし、オストメイトのみなさんからうれしい声をいただくこともそう。
医師の仕事もオストメイトモデルの仕事も、今巡り巡って、私のためになっているんです。
エマさん
自分が心からしたいと思ったことを実現するのは、当たり前ですが物凄くパワーが必要です。だけど、まだ誰も挑戦していないことにファーストペンギンとして飛び込むことで、きっと自分のあとに続く人たちにも勇気を与えるはず。
今の私にとって「はたらく」ことは、生き方そのものだと思います。
<取材・文=田邉 なつほ/撮影=テラ ケイコ>
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