羽生善治著『直感力』より

効率を求めると、直感から遠ざかる。羽生善治が「直感力を磨く“2つの習慣”」を伝授

仕事
コロナ禍で先の見えない時代にあって、どのように行動を取ればいいのか不安に思う人が多いのではないでしょうか。

次の一手が見えてこない

そんな、混迷の時代において意思決定に迷いを覚えている人は多いはず。

将棋棋士の羽生善治さんは、2012年に上梓し、このたび2020年12月に文庫化された著書『直感力』のなかで、次のように語っています。

「何をしたらいいのか、どうなっているのか見えにくい、分からない時代を生きていかねばならない。そのときのひとつの指針となるのが直感だ」

羽生さんの語る「直感」とは一体どのようなもので、直感力を磨くにはどうすればいいのか。同書より抜粋してお届けします。

直感を磨くには

直感を磨くには、多様な価値観をもつことだと思う。

直感は、だまっていても経験によって自然に醸成されていくものである。その醸成は日々の生活の中でも知らず知らずのうちに行われているはずだ。

そうした経験も大切だが、そこから何を吸収するかはより重要だ。

それによって価値観も変わるからだ。

だからこそ、時には立ち止まって軌道修正が必要かどうかを確認しなければならない

直感のように感覚的なものはとても微細なものなので、少しのズレが大きな結果の違いを生むことも珍しくはない。

そして、目の前の現象に惑わされないこと

近視眼的な成果にばかり目を奪われ、あるいはデータに頼って情報収集に終始することでは、おそらく足りない。

それらに対する意識は不要とまではいわないし、また、それらはたいてい、気づかぬうちに判断材料に入ってしまいがちなものである。

しかし、であるからこそ意図的にそれらをセーブしなければならない。

そして自分の思うところ、自分自身の考えによる判断、決断といったものを試すことを繰り返しながら、経験を重ねていく

そうすることで、自分の志向性や好みが明確になってくる。

好み」というと単なる好き嫌いに聞こえるかもしれないが、それはとりもなおさず自分自身の価値観をもつことではないだろうか。

つまり、直感を磨くということは、日々の生活のうちにさまざまのことを経験しながら、多様な価値観をもち、幅広い選択を現実的に可能にすることではないかと考えている。

直感を磨くヒント①「あえて“無駄”をする」

直感を磨くためには、無駄と思われることが大いに役立つことがある。

ぶん無駄だろう、どうせ役に立たないけれど、というくらいの気楽な気持ちでやっていたほうが、たとえ直接的ではなくてもヒントになったり、何かのきっかけになったりする。

逆に、これがきっと役に立つだろう、使えるだろうなどと意気込んで期待しているときには、意図した効果はあらわれないものだ。

自分ではぴったり合っていると思っていても、実は刻々と変化する状況の中で、徐々にズレていってしまう場合がある。

現在の状況と、自分の状況認識の間に、少しでもズレがあると、そこから導かれる決断にもズレが生じる可能性が高くなってしまう。

ロジカルに考えて判断を積み上げる力も必要だが、無駄と思えることを取り入れるのも大事だと思う。

あえて、無駄をする

イメージとしては、ジグソーパズルを解くときに、適当にピースを散らしながら、ばらばらに、わざと間違えて置いていくような作業だ。

普通は、1ピースでも「ぴったり合う」ところを探すだろう。しかし、それだけでは手詰まりになるケースもある。

適当に置いていくと、当然のことながらたいてい間違っていて、これはこのブロックではないとか、このブロックはこれではできあがらないとか、明確な間違いが見えてくる。

その明確な間違いがある一定量までいくと、ふっと全体の理解につながる

そこから全体を把握できるようになる。

無駄だと思っていても、ある程度まで続けてみる。そこに細いながらも道が続いているかもしれないからだ。

もちろん、そのまま無駄で終わることが大半だ

また、直近では役に立たなかったけれども、時間を置いて、たとえば半年後に役に立つこともある。

そのときには考えても無駄だったと思われたことが、何かの拍子で役に立つこともある。

即効性を考えれば一見無駄と思われるようなことの蓄積も、実際してみなければ分からない。

そこには、結局徒労で終わるリスク、さらに悪い事態を招くかもしれないリスクもある。

しかし、無駄を排除して高効率を追い求めたとしても、リスクを誘発する可能性がゼロにはならない

むしろ、即効性を求めた手法が知らず知らずのうちに大きなリスクを増幅させているケースもある。

無駄と思えるランダムな試みを取り入れることによって、「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」を回避できるのではないかと考えている。

直感を磨くヒント②「空白をつくる」

あえて「考えない」時間を意識的につくることが大切だと思っている。

それは、いわば頭の中に空白状態をつくることだ。

頭が飽和状態にあるとき、そこからは何も生まれてこない。

私はある程度の隙間、空っぽの部分があるときでないと、創造的な思考はもちろん、深い集中はできないと考えている。

深く集中するためには、体力を使う。

知的な思考活動をしているときには前頭葉を使い、非常な体力を使うと聞いたことがあるが、ものすごく集中してしまうと、時間の観念がなくなることもある。

後からふり返ってみても、どれくらい時間が経っていたかが分からない。

したがってそのときのことが思い出せない。そのとき何を考えていたか、どういった道筋で結論を出したのか思い出せない。

逆にいえば、自分が考えていたことを後から思い出せるようなときは、実はそれほど集中してはいなかったのではないかと思うのである。

それが、熱中するということかもしれない。

たとえば何か熱中できること——私なら将棋の手の研究をしているときは、感覚としてすごく楽しいものだ。

とくに創造性が求められるような思考をしているときはものすごく集中する(たんに知識を組み合わせているときはそうでもないのだが)。

しかし、ふとした瞬間、果たしてこの状態をずっと続けていていいのだろうかと思うこともある。

将棋の手を考えるには、時も場所も選ばない。本気で考えようとすれば、道具も要らない。将棋盤と駒も要らない。眠るとき以外ずっと没頭することも可能なだけに、それだけで完結してしまう世界でもある。

しかし、当然ながら日常の生活も大切なわけで、上手にスイッチを切り替える必要があるのだろう。

それを和らげるために、日常の生活では努めて空白の時間をつくる。散歩も、深い集中に備えたウォーミングアップのときであるようにする。

さすがに真夏の炎天下や雪の吹きすさぶような土地では、散歩には出ない。そこまでして絶対にしなければならないようなことではないのだから。

気分が向いたら歩く。歩くことや気分転換のときを、義務だと考えてしまうと、逆にそこに囚われてしまう。

それでは意味がないのだ。その時間はあくまでも頭の中に解放された部分としての空間をつくるための時間であり、行動でなければならない。

繰り返すが、それは来るべき集中に備えるためのウォーミングアップでもある。

私は、集中するためには、少しくらい疲れているほうがいい、とも感じている。

疲れていると無駄な力が入らず、雑念も入らないために、余計なことを考えなくて済むからだ。

人間という動物は、あまり長い時間をずっと集中できるようにはつくられていない。

だから、ある特別な時間や場面に焦点を定めて集中できるようにすればいいのではないだろうか

また集中力は、人に教えてもらったり聞いたりして身につくものではない。

自分自身で経験したことがすべてで、理論を知るよりも、どんなテーマでもいいのでその時間を積み重ねていくに限る。

集中力は、どんな人にも機会があれば身につく、極めて公平なものであると考えている。

直感力は「磨ける」

直感力 (PHP文庫)

直感力 (PHP文庫)

直感というと、先天的なもののように思えるかもしれません。

今回、紹介した羽生善治さんの著書『直感力』では、その正体と磨き方、そして現代社会でどのように活かせるかに至るまで、具体的に語られています。

直感力を働かせる回路は鍛えることができる。同書でその真実をぜひ確かめてみてください。
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