「漫才は何も変えてない。変えたのは、空気」
「最下位なのに収入が増えたとき、一番キツかった」マヂカルラブリーが語るどん底からのブレイクスルー
新R25編集部
新R25に、今年から毎月「表紙」ができます。
表紙に登場するのは、R25世代と同じようにモヤモヤと悩みながら、ブレイクのきっかけをつかんでブレイクスルーした人たち。
「つきぬけた瞬間~ブレイクスルーポイント~」と題して、モヤモヤ期から抜け出した瞬間の話を、真正面から聞かせていただきます!(じつは、2000年代のフリーマガジン『R25』のインタビュー企画の復刻になっています…)
記念すべき第一回、2021年元日に取り上げるべき「ブレイクスルー」な人といえば、この2人をおいてほかにいないでしょう。
マヂカルラブリー!
2017年M-1で上沼恵美子さんに「よう決勝残ったな」と言われた“決勝最下位”から、2020年の優勝劇…。
興奮さめやらぬM-1決勝の翌日に、直撃してきました!
〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉
M-1で優勝するって、どんな気持ちなの?
天野
優勝おめでとうございます! たくさんのお笑いファンが「感動した」と声を上げてますよね。
村上さん
ありがとうございます!
天野
まずこれはききたいのですが…プレッシャーのなかM-1優勝するって、どんな気分なんでしょうか?
野田さん
「解放感」ですかね…。もう出なくていいっていう。
天野
うれしさよりも「解放感」…
村上さん
「やったあああああ!」とかじゃなかったですね。おやおや…?みたいな感じ。
野田さん
複雑なんですよ。自分たちで出てるんですけど、もう出たくないっていう気持ちもあって。
リアルなこと言うと、優勝がわかった瞬間、「あっ、優勝した人の立ち居振る舞いをしなきゃ」って思いました。ちゃんとした「勝者の振る舞い」。
超国民的番組の生放送で、カメラにガン抜きされてる…。一生使われるわけなんで、ヘマできねえぞって考えてました。
天野
意外と冷静なのがリアルです…
よく「携帯が鳴りやまなくなる」と聞きますが、一夜にして時の人になると、今までの生活から何が変わるんですか?
野田さん
変わったことっていうか……
変わってないことを探すほうが難しいかもしれません。
すげえ。言ってみたい
野田さん
今日、生まれて初めてマネージャーに「スタイリストが~」っていう話をされて、「ここまできたんだ…」って思いましたね。
村上さん
そもそもスタイリストが何なのか、ほとんどわかってないからね。
野田さん
スタイリストってどういうことだ…? お金は誰が出すんだ…? 俺が服を買うの?って。
とりあえず全部「任せますわ」って言ってやりすごしてます。
「最下位になっても優勝できる!」と叫んだ裏には、屈辱のイジりを受け入れた“どん底期”が…
天野
優勝が決まったとき「最下位になっても優勝することあるんで、諦めないでください!」と叫んだことが話題になりました。
あれはどういう気持ちで?
野田さん
やっぱりこう…仲間の芸人たちに向けてっていうかね…
天野
諦めそうな仲間に対するメッセージというか。
野田さん
「やれば、絶対なんとかなる」ってみんな知ってるとは思うんですよ。
それに対して「やっぱそうだったよ!!」って言いたかった。
野田さん、きっとじつはすごいアツい人だ
野田さん
俺らはたまたま今回こっち側にいるけど、フィナーレで並んでる後ろにはマジで落ち込んでる人たちがいる。
そういう人たちの前で、「やったぜ、うれしいぜ」だけを言うわけにいかないなって。
天野
やっぱり、2017年に最下位になったことがトラウマになっているんですか…?
村上さん
あのときは、楽屋に戻って「漫才…やめる?」みたいな感じでしたから。
僕は楽観的な人間なんですけど、正直食らってましたね。
野田さん
実は、最下位を取ってからかなり仕事が増えたんですよ。
収入が爆上がりしまして。
それが一番キツかった。
漫才をやめようとしてたのに、仕事が増えた…? どういうこと
天野
え、そうなんですか?
野田さん
営業の仕事とかめっちゃ増えました。
ただ、どこ行っても“その扱い”、つまりスベってボッコボコに怒られたヤツらっていう扱いを受けたんです。
村上さん
“スベった敗者の振る舞い”を求められました。そういうテイで出てくださいっていう。
村上さん
そんなことしたことなかったですからねえ…
なんだったら、割と「面白い人たちだねえ」っていう評価をされてきたわけですから。
野田さん
「卑屈なこと」以外は何も言えないっていう状況ですよね。
「屈辱的なイジりを受け入れることで収入が爆上がりしてる」っていうのが、すごく気味悪かった。
天野
でも、仕事としてはイジりを受け入れるしかない…
ダメだ、考えただけでつらい…
野田さん
仕事があるんだからまだマシっていう考えもありますけど、“スベって炎上したヤツら”っていう扱いを受けて、そのまま終わって消えていくっていう可能性もあるわけですから…
顔腫らしてボッコボコになってる状況で、「仕事が増えて結果的によかったじゃん」とは思えなかったです。
村上さん
ツイッターでは、「全漫才師で一番つまらない」ってリプライが直接飛んできました…
全漫才師を見たのかな?って感じですけど(笑)。
野田さん
言いたいことだらけでしたけど、そのときの俺らはどん底中のどん底。
「許せない」とか言う気力すらなかったですね。
「漫才は何も変えなかった」のに“最下位→優勝”。その秘密は「空気のつかみかた」
天野
どん底の“決勝最下位”から、優勝までのぼりつめたわけですが…
何を変えたことが結果につながったと思いますか?
野田さん
それね…
…変えなかったんですよ。
漫才のスタイルは、何も変えてないんです。
天野
そんなことあります!?
村上さん
これ、M-1関係のインタビューではなかなか言えないんですけど、新R25はいいか(笑)。
野田さん
やっぱM-1としては「変えてきた意気込み」とかを聞きたいんで、そこはごちゃごちゃ濁して答えてるんですけど(笑)。本当は、こっちは何も変えてないです。
天野
変えてないのに最下位から優勝って、どういうこと…?
村上さん
漫才の仕方は変えてないんだけど、ひとつ、空気を味方につけたっていうのがあると思うんですよね。
野田さん
正直言うと、今回のM-1も流れは悪かったんですよ。
5番目(「おいでやすこが」)でピークきてる感じがあって「ヤバい、この大会も終わったぞ…」って。途中までは、「これは2017年よりつらい思いするんじゃないか…」って思ってました。
トラウマの再来じゃん
野田さん
マジでこのまま出て、流れるようにさらっと漫才やったらおしまいだぞ…じゃあどうする?ってずっと考えてて…
村上さん
…からの、「土下座で登場」で「どうしても笑わせたい人がいる男です」っていうあいさつですよね。
天野
上沼さんとの一件を自虐した一言…! その場で考えてやったんですか!?
村上さん
僕が「やる」って聞いたのはステージに登場する台に乗ったときなんですよ!
あれはどの段階からやろうと思ってたの?
野田さん
そのとき。登場する前に「このまま及第点を出したらダメだ、いちかばちかをしないと空気を覆せない」と思って…
村上さん
そうなんだ…
今思えば、待機してるときに会場で前フリのVTRが流れて、ちょっと笑いが起きてたんですよ。
たぶん上沼さんとのやりとりが映ったのかな?って思ったんですけど、その時点で空気が若干ホームになったのかもしれません。
「あのとき、空気をつかめたと思った」らしい
天野
その場で考えて実行できるのがすごすぎますね…。それで上沼さんが激怒したり、スベったりする可能性もあるじゃないですか…
村上さん
ねえ…僕だったら絶対やらないです(笑)。
野田さん
それも含めて、「空気に敏感になった」っていうのはすごくあるんですよね。
M-1みたいな大きいステージになるほど、“今どういう空気になってるか”に神経質にならないとダメだと思うんです。
天野
ネットで「マヂラブは舞台だと『死体』とか『竹槍で刺される』とか言うのに、M-1では過激な言葉を微修正している」という話を見ました。
そのへんも空気に敏感になったからなんでしょうか?
野田さん
そうそう。
今回も…ちょっと「おしっこ問題」があったんですよ。な?
「おしっこ問題な~!!」と盛り上がる二人。なんですか
天野
「吊り革」のネタの話ですか?
※「吊り革」…野田さんが“電車内で吊り革につかまらない男”を演じるが、電車がありえないほど揺れてしまう。野田さんがトイレに入り、床に転がりながらおしっこが大変なことになってしまうシーンが見どころのネタ
村上さん
決勝戦のちょっと前に「おしっこはまずいんじゃないか」っていうのをある偉い方に言われたんですよ。
それで、その部分をなくしたパターンを作ったんです。
(野田が)トイレに行くくだりがないパターン。
野田さん
かわりにおじいちゃんが出てくるんですよ。電車が揺れまくるんだけど、逆におじいちゃんはまったく揺れないっていう…
最後、おじいちゃんにつかまって何とかなるっていうオチなんですよ。
天野
おじいちゃん自身が揺れてるから、電車のなかでは揺れないってことか…面白い!
野田さん
面白いなって思ってたんですよ。ルミネ(劇場)で何回かやってみて、ウケてたし。でも…
野田さん
でも、「ここでウケる、ここでウケる」ってポイントポイントで笑いが起きるみたいな漫才になってて…そうじゃないんだよなって。
及第点なんだけど、「こういう空気は違うんだよな」って思ってしまう感じ。あれなんなんだろうね?
村上さん
ねえ。
野田さん
笑い声の大きさを集音計みたいなので計測したら、ちゃんとウケてると思うんですけど。
「前半のフリが後半に効く」とか、そういうの入れると漫才としてはしっかりしてくるんですけど…なんかこう…
天野
頭で考えてる感じ?
野田さん
そうっすね。
村上さん
「いや、さっきのおじいちゃん~!!」みたいなツッコミもこっぱずかしいんですよ(笑)。
なに? 急にそんなロジック出してきて…っていう。
野田さん
「吊り革」のネタは死んだなって思ったんですよ。
で、死なせちゃうぐらいなら元に戻すかって。
村上さん
決めたのはM-1の前日かな。
おしっこ復活の瞬間である
天野
よかった…
でも、偉い人に言われたことを無視して大丈夫なんですか?
野田さん
ニューヨークはうんこ食うネタとかやってたからいいかなと(笑)。
何より…、あのボケを好きな仲間の芸人がたくさんいたから。それを無視するのは違うでしょう。
普通にカッコいいんだが
野田さん
ひとつ言えるのは、誰も答えを知らないってことなんですよ。
おしっこをやったら正解なのか、失敗なのかは苦言を呈したその人だって知らない。だから賭けに出たんですよ。
天野
カッコいい…賭けが全部いい方向に出てる…
村上さん
賭けなんですよね。うまくいったからよかったけど、怖いですよほんと。
野田さん
全部俺の夢のなかだったりして。
この取材もすべて。
怖い設定の漫才
「あのときとは全然違う。今度は文句は言わせねえ」
天野
2017年からの3年間はお二人にとって大きな意味のある時間だったと思います。
今回の「ブレイクスルー」から学んだことがあれば教えてください。
野田さん
やっぱり、結果がすべてということかな。
2019年のミルクボーイとか2018年の霜降りは正統派の漫才でしたけど、今回は全員に祝福してもらえるような漫才ではなかったと思うんです。
ネットを見ても「あれは漫才じゃない」みたいな声も多いし。
野田さん
それでも、最下位とはまったく話が違う。優勝したんだから文句は言わせねえぞって思ってますよ。
村上さん
ツイッターでエゴサしたんですけど、やっぱり“あのとき”とは全然気持ちが違いますね。
何を書かれてても「へえ、なるほどねえ…」みたいな、だいぶ余裕がありますね(笑)。
上の写真は、取材後におさえた一枚。
表情から、野田さんの語る「解放感」と、逆境を乗り越えて結果をつかんだという自信があふれているのを感じます。
完全に余談ですが、一部で話題になった「村上さんの本名が村上ではなく鈴木」という事実についてきいてみると、「マンガ『東京大学物語』の主人公の村上が好きだからっていう理由だけなんですけど、面白い理由を言わなきゃっていうハードルが上がりすぎて何も言えなくなってる」とのことでした(マンガのチョイスが渋い)。
輝かしいブレイクスルーを遂げたマヂカルラブリーが、2021年をどう駆け抜けていくのか、楽しみにしています!
〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
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