企業インタビュー
「はたらきづらさ」を超えて。虐待サバイバーとともにつくる“はたらくWell-being”

「はたらきづらさ」を超えて。虐待サバイバーとともにつくる“はたらくWell-being”

連載「“はたらくWell-being”を考えよう」

新R25編集部

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リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。

現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。

そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。

虐待サバイバー」という言葉を聞いたことがありますか?

虐待サバイバーとは、過去に家庭環境で、虐待を含め辛い思いをした人のこと。彼・彼女たちは、それまでの経験から心身のバランスをとるのが難しかったり、なかにはつい頑張りすぎてしまったりと、職場での「はたらきづらさ」を感じている場合があります。

もしかすると、あなたの職場のメンバーのなかにも、実は「虐待サバイバー」ではたらきづらさを感じている人がいるかもしれません。

今回紹介するのは、虐待サバイバーのはたらきづらさをビジネスで解決することを目指す、株式会社RASHISA代表の岡本翔さんです。

自身も虐待サバイバーだという岡本さんの“はたらくWell-being”、そして虐待サバイバーにとっての“はたらくWell-being”について聞きました。

1995年、広島生まれ。高校時代に起業家に憧れて、福岡県の大学に進学。学生時代に就活支援事業を行うRASHISAを創業。九州の学生と東京のベンチャー企業のマッチング事業を行う。2018年に上京。翌年、就活サービスをリリース。同年2019年に同サービスを事業譲渡したのち、2020年4月に虐待の後遺症で悩む虐待サバイバー向けのBPOサービス「RASHISAワークス」を設立。2025年2月現在は営業代行や資料制作代行を行い、ブランドをRASHISABPOに統一をしてサービス提供中。「はたらくWell-beingAWARDS2025」新しいはたらきかた部門を受賞

虐待の“その後”にある、はたらきづらさとは?

田邉

「虐待サバイバー」という言葉に、あまり耳馴染みがありませんでした。まずは、虐待問題の現状から教えていただいてもいいですか?

岡本さん

はい、もちろんです。2024年9月に、厚生労働省から全国の児童相談所が2022年度に対応した児童虐待相談の件数が、過去最多の21万4,843件に達したと発表がありました。

ですが、発表される数字は氷山の一角。虐待問題は年々増加傾向にあり、相談・連絡できない状況の人たちもいると考えると、社会問題の1つであることは間違いありません。

株式会社RASHISAの代表岡本翔さん。「はたらくWell-beingAWARDS2025」新たなはたらき方部門を受賞

田邉

21万4,843件……!? それほど多いとは知りませんでした。

岡本さん

そもそも虐待問題というときは、一般的には「児童虐待」のことを指します。児童虐待防止法では、児童虐待は「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護する者)がその監護する児童(18歳に満たない者)に対して行う行為」と定義されているんです。

田邉

そういった定義があるんですね。

岡本さん

はい。相談件数が年々急増している背景の1つには、国民の意識の変化がありますね

これまで家庭内の問題として見過ごされてきた虐待が社会問題として捉えられるようになり、児童相談所の介入機能も強化されているんですよ。

田邉

単純に数が増えたわけではなく、見過ごされていた虐待が明るみに出た側面もあるんですね。

岡本さん

ですが、まだまだ課題もあります

というのも、法律として整備されていたり福祉の観点で国の予算がついていたりするのは児童虐待、つまり18歳未満の子どもたちに対してなんですね。

18歳以上に関しては法整備も整っておらず、きちんとした定義もありません。大人になってから虐待の後遺症で苦しむ方々の存在は、意外と知られていない現状があります

岡本さん

虐待サバイバーの方々のなかには雇用やキャリアの問題を抱えている場合も多く、職場での困りごとがけっこうあるんです。

そこで株式会社RASHISAは、虐待サバイバーのはたらきづらさの緩和を行いつつ、彼・彼女たちの強みを活かすことで経済成長を目指し、ビジネス・プロセス・アウトソーシングと呼ばれるBPO事業を展開しています。

虐待サバイバーの方々を自社で採用し、業務の一部、たとえば営業や架電業務の代行、最近では営業資料やホワイトペーパーの制作などを当社が間に入って請け負い、彼・彼女たちに行ってもらっています。

頑張りすぎる「優しい人」の裏側は。仕組みで支える安心感

田邉

具体的に、彼・彼女たちはどういった「はたらきづらさ」を感じているんですか?

岡本さん

一例でいうと、家庭内で期待される経験が少なかった方も多いため、誰かに期待されると頑張りすぎてしまうケースがよくあります。

田邉

期待されると、うれしい?

岡本さん

そうですね。「とにかく応えたい!」という気持ちを持つ方もいますし、一方で「両親が言うことが絶対」という環境下だった場合もあって、その場合は「上司の言葉は絶対」だと感じてしまい、仕事を断れないこともあります。

結果的に頑張りすぎてしまったり仕事を断りきれなかったりして、体調を崩し、休みがちになってしまう

田邉

一見すると、「すごく仕事が好きなんだ!」や「頑張ってるな〜」と思ってしまいますね。

岡本さん

そうなんです。しかも、虐待サバイバーであるかどうかは、本人の自己申告がなければ周囲も気がつきません

だから、いつも断らずになんでも引き受けてくれる人、優しくて仕事熱心な人は、もしかしたら虐待サバイバーという可能性も。

ほかにも、大きな音が苦手な方や、質問することが苦手というケースもありますね。

「はたらきづらさ」は、過去の経験に起因するものが多いそう

田邉

質問するのが苦手?

岡本さん

「自分なんて」と自己を卑下してしまう方もいらっしゃるので、質問すること=自分ができないせいで相手の時間を奪ってしまうダメな行為、と考えてしまうんですよ。

質問できないから、わからない。わからないから、ミスをしてしまう。その結果、ネガティブな評価を受ける、という悪循環が生まれてしまいます

田邉

虐待サバイバーかどうか明確でないがゆえに、ミスマッチなコミュニケーションになってしまうんですね。

岡本さん

まさにです。なので、そういった人がいたらまずは「大丈夫?」と声をかけ、「難しかったら言ってね」「わからないことはない?」と言いやすい環境をつくることが大切なんです。

とはいえ、私もそうですが「大丈夫?」と聞かれたら「大丈夫です!」と言ってしまいませんか?

…心当たりしかない。

岡本さん

虐待サバイバーに限らず「なんでも言ってね」だけでは、言わないことも多い。なので、言いやすい環境を仕組み化することが重要なんですね。

たとえば当社では、匿名の目安箱を設置したり、隔週でなんでも話していい面談の時間をつくったりしています。

「質問することは、悪いことではない。仕事のために良いこと」を、根気強く伝えていく必要もありますね。

心と体の声を見える化するために、Well-being調査を定期的に実施

岡本さん

加えて、株式会社RASHISAでは2週間に1回、心身の健康状態を測る調査も行っています。

虐待サバイバーのなかには、主観的に心身の健康を判断することが難しい方もいて、数値として「今どういった状態なのか」を見えるようにしています。

田邉

導入は、岡本さんが検討されたんですか?

岡本さん

社会福祉士の方のアドバイスがきっかけでしたね

以前、双極性障害のある方が入社し、その方の気分の浮き沈みがまわりの人だけでなく、その方自身も把握しづらいことが課題としてありました。そこで「定点観測できるような場をつくろう」とアドバイスをいただき、導入したんです。

田邉

定点観測されてみて、いかがでしょうか?

岡本さん

数値をもとに、お互いが建設的に判断できるようになりましたね。「気分が下がり始めているから、仕事量を調整しよう」とか「本人と話す時間を増やそう」とか。

しかも、はたらき方にも反映されるようになったんですよ。それまでは週5日はたらくことが難しかったけど、就業時間を延ばすことができ、休みの管理ができるようになったので急な休みも減りました。

本人と話すなかでも成長実感があるようで、そういった変化がみられると私としてもうれしいですよね。

はたらきがいの連鎖反応!

岡本さん

当社では四半期に1回、社員のWell-being調査も行っています

Well-beingの5つの要素、仕事、社会的なつながり、経済的な状況、心身の状態、住んでいる地域やコミュニティの帰属意識、それから「まわりの人に優しくできているか」というのを独自の指標を入れて、定量的に測っているんです。

田邉

すごい。ご本人にとっても、一緒にはたらくメンバーにとっても“はたらくWell-being”ですね!

信じてくれた人がいたから。一歩ずつ進む、虐待問題の解決への道

田邉

もしかしたら、私のまわりにも虐待サバイバーがいるかもしれないですよね。とはいえ、自己開示がないと判断できないなかでどう接したらいいでしょうか?

岡本さん

私は、虐待サバイバーの方と接するときに限らず、「背景を想像すること」を意識しています

相手が遅刻したとき、その事象だけを見て「だらしない」「時間の管理ができていない」とは思わず、「もしかしたら家を出るときに体調が悪くなってトイレに入ったのかもしれない」「たまたま時計が壊れていて、5分遅い世界で過ごしていたのかもしれない」というふうに。

1つの事象をいろいろな角度から見て、相手の背景にあることに思いを巡らせることが大切です。

田邉

少し気になったのですが、岡本さんはご自身のバックグラウンドもあるなかで、虐待問題に向き合うしんどさはないのでしょうか?

岡本さん

そうですね。もちろんゼロではないですし、苦しいときもあります。ですが、ここまで来られたのはまわりの方の支えがあったからこそ。

もし今「辛いから」「大変だから」と諦めてしまったら虐待問題は解決しないままかもしれません。

たとえ小さなアクションでも、実績や変化を積み重ねていきたい。そんなふうに思っています。

田邉

「まわりの方の支え」と言えるのが素敵です。もし私なら、人間不信になってしまいそうな…

岡本さん

人を信じる怖さはゼロではありません。でも、人生のなかで私のことを真っ直ぐ信じてくれる方々にもたくさん出会ってきましたから

岡本さん

私が虐待問題に向き合うきっかけになった2人の経営者がいるのですが、彼らは私が虐待サバイバーであることを話しても、真摯に愛のあるコミュニケーションをとってくれました。

そういった方々との出会いのおかげで、自分は今ここにいます。だからこそ、虐待問題への解決に邁進することが、これまで私と向き合ってくれた人たちへできる恩返しだと思っています。

田邉

そう思うと、虐待問題に真剣に向き合えていることが、岡本さんの“はたらくWell-being”なんですね。

岡本さん

まさにです。残りの人生を、虐待問題の解決にかけていきたい。

その道は決して簡単ではないけれど、取り組めていることが“はたらくWell-being”です!

田邉

最後に、これからの目標をお伺いしてもいいですか?

岡本さん

一筋縄ではいかない虐待問題ですが、「虐待サバイバーのはたらきづらさの緩和」を中長期的な目標としています。

そのために、法整備や虐待問題への認知度をあげること、そして企業の理解を深めることを1つずつ確実に推進していきたい。

虐待サバイバーは一人ひとり、異なる背景や特性を持っていてグラデーションがあります。そんな彼ら・彼女らが社会で活躍できるようになれば、日本の労働人口不足の解決の一助にもなるはずです。

<取材・文=田邉なつほ>

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