企業インタビュー
「苦労」と「ストレス」は違う。宮古島で地域と高校生をつなぐ「島の高等学院」学院長の“はたらくWell-being”
連載「“はたらくWell-being”を考えよう」
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。
現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。
そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。

今回お話を伺ったのは、沖縄県・宮古島で「個別進学塾Root」や通信制高校「島の高等学院」、大人向けの「DX学校」など、多角的な教育事業を展開する根間 玄隆(ねま げんりゅう)さん。
教育を通して地域創生に取り組むという、一見すると壮大なミッションを掲げる根間さんですが、そのキャリアの原点は「目の前の1人の力になりたい」という思いからでした。彼が語る「苦労とストレスは違う」という言葉には、私たちが能動的にキャリアを描き、自分だけのWell-beingを見つけるための大きなヒントが隠されていました。
宮古島出身。大学で数学の教員免許を取得後、新卒で大阪の昼夜間単位制高校に赴任。進学だけを目的としない多様な生徒たちと向き合うなかで独自の教育観を培う。帰郷後、経済的な理由で教育の選択肢が少なくなってしまった生徒との出会いをきっかけに「個別進学塾Root」を設立。さらに島の子どもたちの選択肢を広げるため、2021年に通信制高校「島の高等学院」を開校し、現在は大人向けIT教室「DX学校」の運営や、宮古島にイノベーションを起こす有志団体 ミャークラボによる「宮古島冬まつり」を開催するなど、教育を起点とした地域創生に幅広く取り組んでいる
苦労とストレスは別物。自分の「得意」に気づいた原体験


飯室
根間さんは宮古島で学習塾や通信制高校など、幅広く教育事業を手がけられていますが、そもそもなぜ教育の道へ進もうと思ったのでしょうか?

根間さん
子どものころの夢は、医者だったんです。母親が看護師で小さなころから学校の帰りに病院に寄り道するという生活をしていたので、医者が身近な職業だったんですよね。学校の成績も悪くなく、「頭のいい子は公務員か医療関係か、弁護士か」といった周囲からの期待もあったような気がします。
ただ、受験のときに医学部は難しいとわかって、数学の教員免許を取る道に進路変更しました。そのときに自分がやりたかったのは、数学を教えるというよりは生徒指導だったんですよね。

飯室
教科指導よりも、生徒指導ですか?

根間さん
はい。中高生のころから学級長や文化祭の運営など、学校行事の運営側に回ることが多くて。そのときに裏方の楽しさを知ったんです。
それまで学校は、勉強をしていい成績を取り、いい進路先を目指すための場だと思っていたけれど、学校生活の楽しさって勉強だけじゃないんだなと気がつきました。

飯室
面倒くさいと避けてしまうような裏方作業に、楽しみを見出していたんですね。

根間さん
まわりからは「大変そう」と言われていたし、実際に大変ではあったんですけど(笑)。僕にとっては苦労であってもストレスではなかったんです。

飯室
苦労だったけど、ストレスではなかった!

根間さん
面倒くさいことも、自分が能動的に楽しめることであれば嫌なことじゃない。僕にとって教育の原点は、「勉強以外の学校の楽しみ方」をつくることだったんだと思います。
自分の当たり前が通用しない。教員1年目、未知の世界を知るための行動

飯室
大学卒業後は、数学教師として大阪の高校に配属されたんですよね。

根間さん
はい。僕が最初に勤めた高校は昼夜間単位制でした。
はたらきながら通う土建屋のお兄ちゃんや夜職のお姉さん、病気がちで普通高校に通えない子、スポーツの特待生、学び直しのおばあちゃんまで、多様な背景を持つ生徒が集まる学校だったんです。

飯室
ご自身が歩んできた「進学を目指す学校生活」とは、まったく違う環境ですね。

根間さん
そうなんです。進学だけを目的としない人々に対して、社会人1年目の自分が何を教えればいいのかまったく想像がつかない。一人ひとり学力のレベルもモチベーションも違い、授業を聞いてくれない生徒もいたので、教科書通りに進めるだけではダメだと思いました。
でも、自分の仕事は彼らに数学を学んでもらい、試験をパスしてもらい、卒業させなきゃいけない。自分の当たり前が一切通用しなくて、1年目は苦しかったですね。

飯室
どうやって生徒たちと向き合っていったんですか?

根間さん
まずは、学校に来てもらう土台づくりから始めました。
そもそも学校が面白くなかったり、人間関係が悪くなったりしたら、辞めてしまうかもしれない。それを防ぐために、部活動の指導に力を入れたり、クラスに馴染めるよう放課後にお菓子パーティーを開いたりしました。

飯室
まずは居場所や信頼関係の構築から始めたんですね。裏方で培った場づくりの力が活きてきそうです。

根間さん
自分としては当たり前の行動だったんですが、上の先生方からは正直かなり怒られましたね(笑)。ほかの先生は「来ないなら来ないで仕方がない」と粛々と授業をするタイプも多かったので、「余計なことをするな」と。

飯室
その壁はどう乗り越えたんですか?

根間さん
そもそもの課題を考えると、生徒たちと対等にコミュニケーションをとるうえで、僕自身が彼らの背景や社会を知らなすぎることに気づいたんです。
だからこそ、自分の知らない世界を知るために街に出ることにしました。

飯室
街に出る?

根間さん
友人がはたらく飲食店に出入りしてお客さんと話してみたり、街角でキャッチセールスのお姉さんについて行ってみたり、ちょっと怪しい営業を延々と受けたり、絵画展で勧誘されたり…(笑)。
世の中にはどんな仕事があって、人がどうやってお金を稼いでいるのか、リアルな現場に身を置いてみたんです。
リアルを知るための行動力がすごい

根間さん
そうやっていろんな現場を見て仕入れた話をすると、2年目には生徒たちが僕の経験を面白がって聞いてくれるようになりました。だんだんと普通の会話が成り立つようになり、部活動での関係づくりも少しずつ実を結び始めたんです。

飯室
印象に残ってる生徒さんはいますか?

根間さん
たくさんいますね。たとえば、一番前の席に陣取って、オラオラしている男の子がいました(笑)。昼間は工事現場ではたらいていて、授業中は僕にずっとチャチャを入れて邪魔をしてきたり、かと思えばすぐ寝たりして。でも、僕が顧問をしていたバスケ部にひょんなことから彼が来るようになったんです。一緒にバスケをしたり休憩中に雑談したりするうちにだんだん打ち解けて、あんなに反抗的だったのに、授業もちゃんと聞いてくれるようになりました。
そこからは、分数ができないと言うなら分数を教え、文字式がわからないなら文字式を教え、1個ずつ向き合っていきました。1年間一緒に頑張り続けたら、最後にはなんと二次関数のグラフを描けるようになったんです!
この経験で得られたことは、勉強ができない子も丁寧にできることを増やしていけば必ず克服できると思えたこと。そして、どんなに尖っている子でも、話してみると友達思いだったり深く悩んでいたりして、根から悪いわけじゃないと気づけたこと。きちんと向き合うことで生まれる人の変化を目の当たりにして、教育の仕事は楽しい!と思えた瞬間でした。
目の前の1人を助けたい。それが「Win-Winの仕組み」に変わるまで

飯室
大阪での教師生活を2年過ごした後は宮古島に戻り、進学塾を立ち上げられますが、どういった経緯だったのでしょうか?

根間さん
実は、大阪の学校を辞めたのは母親の作戦でして…(笑)。僕は宮古島の出身で、「実家を引っ越すから」「お父さんが病気だから」といろいろ理由をつけられ、いったん帰ってこいと言われたんです。
いずれ大阪に戻るつもりだったので、最初は就職手当をもらいながら宮古島でニート生活をしていました。

飯室
ご自身から辞めようと決意したわけじゃなかったんですね。

根間さん
はい。毎日暇だったので、地元の吉野海岸へ遊びに行っていたんです。そこで毎日ビーチクリーンなどの環境保護活動をしている方に出会いました。最初は「教員に戻ったときのちょっとしたネタになるかな」くらいの気持ちで手伝いを始めたんですが、その方の活動が素晴らしくて。気づけばどっぷり一緒に活動するようになり…大阪に戻る理由がなくなってしまいました。


飯室
そこからどうして再び教育の道へ?

根間さん
宮古島にいるならこっちで教職に就こうと準備を進めていたなかで、沖縄で公務員の教員になると県内全域での転勤があるので、宮古島にずっとはいられないことに気がつきました。これは宮古島の課題の1つでもあるのですが、先生方の転勤が多いため、たとえば卒業生が母校に戻っても、お世話になった先生はいない、ということがよくあるんですよ。
それならば、塾のほうがずっとこの島で高校生と関わり続けられる。そう思って、地元の塾で教育に携わっていくことを決めました。浪人時代にお世話になった予備校から声をかけられたこともあって、しばらく社員としてはたらいたんですよ。

飯室
その後、ご自身で独立して塾を立ち上げたのはなぜですか?

根間さん
1人の女の子との出会いがきっかけです。母子家庭の子で、「根間先生のところで勉強したいけれど、どうしてもお金がない」と相談に来て。
当時の塾は大手だったこともあり、費用の面で通えるご家庭がどうしても限られていたんです。僕はなんとかその子の力になりたくて、特待生制度などいろいろと工夫して面倒を見ようとしたんですが、塾のオーナーの方針とは相反してしまって。だったら自分で独立し、宮古島のご家庭が通いやすい環境をもう一度つくり直そうと決意しました。

飯室
「目の前の人を助けたい」という思いが原動力なんですね。ただ、根間さんの塾は1対1で教えるスタイルではなく「自立学習型」を掲げています。そもそも自立学習型とは、具体的にどんなスタイルですか?

根間さん
自立学習型は、先生1人に対して生徒がつく個別指導ではなく、生徒自身が自分の課題に向き合うスタイルのことです。
生徒一人ひとりがもっている特性も目指す進路もまったく違う。そのため一律の授業をするのではなく、それぞれに合わせた学習方針をもって進めていきます。


飯室
なぜ「自立学習型」を採用されたのでしょうか?

根間さん
僕が特別扱いして個人的に助けるのは簡単ですが、それでは僕がいなくなったら終わりの「属人化」に陥ってしまいます。
また、宮古島は深刻な人手不足なので、各教科の先生をそろえるモデルはすぐに破綻してしまう。だからこそ、先生に依存せず、誰でも自分のペースで学べる、自立学習型の仕組みをつくる必要があったんです。

飯室
その後、通信制の「島の高等学院」を開校されていますよね。

根間さん
塾で進路指導をしていると、宮古島の子どもたちの進路が「学校の先生、看護師、公務員」と、すごく画一的になっている課題に直面しました。
もちろんこれらの職業が悪いということではないのですが、これは子どもたちが触れられる大人の職業が少なすぎるのが原因です。それなら、高校生と地域の社会や大人が直接つながる機会をもっとつくらなきゃいけない。そう思って創ったのが通信制の「島の高等学院」です。
宮古島を守りながら変化していく。「想像を超える変化」が最大の喜び

飯室
「島の高等学院」では、具体的にどのような取り組みをされているんですか?

根間さん
島の高等学院は、「島全体を学校と見立て、地域で学生を育てる」というコンセプトを持っています。だから、生徒たちに教える先生は、学校のなかの大人だけではなく「宮古島の環境と社会」そのものなんです。
課外授業の様子

飯室
環境と社会が先生…! 面白い発想ですね。

根間さん
宮古島ではたらくさまざまな大人たちと出会い、多様な職種や生き方に触れながら、仲間と協力してアイデアをかたちにしていく体験を提供しています。
具体的には将来を見据えた5つのコースを用意していて、「大学進学」や「インターンシップ」のほか、「歴史文化探求」や「イベント企画」、そして「IT/AI」といったコースを通し、企画力や実践的なスキルを学べるんです。

飯室
本当に社会に直結するような学びが多いんですね。

根間さん
最初は小さな興味や好きという気持ちだけで十分で、僕らはその一歩を応援するスタンスです。
たとえば実践的な取り組みの一つとして、IT/AIコースの生徒は、僕らが運営している大人向けにITやAIを学ぶ「DX学校」の講座に一緒に参加しています。ITの分野は年齢に関係なくスタートラインが同じなので、覚えの早い高校生が地域の大人たちに教え、サポートする構図ができあがっています。

飯室
高校生は現場のリアルなビジネス課題を学べて、大人は高校生から最新のスキルを教われる。完全にWin-Winの関係ですね!

根間さん
そうなんです。大人は高校生と関わることで活気づくし、高校生は自分の新しい可能性を感じて次のチャレンジをするようになったりする。授業外でも高校生と大人が関わる機会として、僕が主催する「宮古島冬まつり」の運営の場もあります。
目の前で起こる化学反応や変化は、いつも僕の想像を超えてくるんです。これを見るのが僕にとって一番のやりがいですし、“はたらくWell-being”を感じる瞬間ですね。
宮古島冬まつりでの一幕

飯室
最後に、根間さんが今後目指しているビジョンを教えてください。

根間さん
宮古島は今、進学や就職で若者が島外へ出ていってしまう「人口のくびれ」問題に直面しています。だからといって「あのころの宮古島はよかった」と昔のまま閉じるのではなく、外部のいいものを受け入れ、大事な文化を守りながら能動的に変化していくことが必要です。
教育の力で、宮古島の子どもたちが地元に残り、活躍できるような風潮をつくっていきたいですね。

<取材・文=飯室 佐世子(株式会社声音)>
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