ビジネスパーソンインタビュー
「はたらいて、笑う」ために大切なこと
人間はどうしてワクワク・ドキドキを感じるのか。「感性」の不思議さに魅せられたシンクタンク研究員
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。
現場ではたらくビジネスパーソンの中には、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。
そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。
今回、ご登場いただくのはパーソル総合研究所の上席主任研究員である井上亮太郎さんです。
井上さんは2019年にパーソル総合研究所に参画して以来、人や組織の感情・感性計測とモデリングを軸に、人々のWell-beingや人的資本経営などを研究しています。
井上さんのこれまでのキャリアや、なぜ人々のWell-beingを研究しようと考えたのか、また、人々が幸せにはたらくためにはどうしたらいいのかについてお伺いしました。
大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(業務・意識統合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。人や組織の感情・感性計測とモデリングを軸とした研究に従事。研究テーマは、感性工学(ワクワク感・Well-being)、人的資本経営。慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任講師、一般社団法人ウェルビーイング・デザイン「はたらく幸せ研究会」副代表などを兼任
“はたらく幸せ”を探求する研究員。キャリアのスタートは営業パーソン
――(編集部)井上さんは大学を卒業して、そのまま研究員としてのキャリアを歩んできたわけではないんですよね?
井上さん
全然(笑)。大学を卒業して就職した企業は総合建材メーカーです。その会社で5年ほど営業をしてたんです。
最初に配属されたのは岩手県花巻市にある喫茶店のような小さな営業所だった。
――(編集部)岩手県花巻市というと、温泉と宮沢賢治が有名なところですよね。
井上さん
縁もゆかりもないところだったので、配属先を聞いた時はめちゃめちゃショックで(笑)。
東京出身だったし、もともと「東京で高層ビル建材にまつわる仕事をしたい」と配属希望を出してたのよ。会社もある程度希望を聞いてくれるような雰囲気だったの。
でもいざ辞令を見たら「岩手県花巻営業所勤務を命ず」と書いてあった(笑)。
(あれはヘコんだよ…)
――(編集部)あー、思わせぶりな雰囲気で、結局希望通りの配属になりませんでしたってのはよくありますよね。
井上さん
しかも、配属してすぐに仕事でやらかしちゃってね。
お客様を怒らせちゃったんだ。で、人口が少ない地域だから悪い噂はすぐに広がっちゃうわけ。「新しく来た井上ってのは生意気な奴らしいぞ」と。
そこから信頼を回復するには結構な時間がかかったよね。
――(編集部)どうやって信頼を回復したんですか?
井上さん
とにかくいろいろなことをしたよね。工務店の人たちと一緒に現場の施工を手伝ったり、営業イベントを企画したり、地場の若い経営者を集めて勉強会を開いたり。
必死で仕事をして、地元の人たちと仲良くなって、ようやく信頼してもらえるようになったんだ。
当時お付き合いしていた人たちは今でも交流があるし、仕事の付き合いもある。岩手県花巻市は僕にとっては心の故郷ですよ。
企業の経営統合に携わったことで見えてきた人・組織の不思議さ
――(編集部)なるほど。しかし営業と研究員のキャリアはかなり離れているように感じるのですが、何がきっかけで人や組織について探求する研究員になろうと思ったのですか?
井上さん
きっかけは勤めていた建材メーカーの経営統合だね。正式な統合の前に、その準備をするプロジェクトにアサインされたの。
まずはお互いのことを知ってコミュニケーションを円滑にしましょうということで、僕は相手会社へ出向することになったんだ。
今振り返るとそれが非常に大きな転機だった。「人とは何か」「組織とは何か」について考えるキッカケになったんだ。
――(編集部)経営統合を準備するプロジェクトにアサインされたことが井上さんを変えたと?
井上さん
うん。
そこでは今後どうやって統合を進めていくのか話し合うんだけど、それぞれが積み上げてきた実績に自負があったり、こだわりがあったりして、全然譲らないの。うまくいかないわけ。変なところで意地をはったり、頑なになったりと。
最初の些細なボタンの掛け違いが、大きな疑心暗鬼につながったり、相互不信につながったりもしたんだ。
――(編集部)それは嫌な雰囲気ですね。
井上さん
そうなんだよ。でも、出向している立場上、僕は両社の社員と仲良くさせてもらってたんだけど、一人ひとりはすごくいい人たちなんだ。個別に話していくと、みんなとてもユニークだし、多少口の悪い人もいたけどみんな優しいし。お茶目で、本当にいい人たちなの(笑)。
でも、不思議なことにいざ交渉の席に座った途端に意地悪になったり、ねちっこくなったりする。なんで人は個人と集団で行動が変わってくるのだろうとすごく不思議に思った。
もともと僕は「営業の道で生きていこう」と思っていて、「いつかは支店長になろう。営業部長になろう」と考えていたんだけど、そのことがきっかけで人と組織について興味を持つようになったんだ。
――(編集部)なるほど…。
井上さん
あと、これは相手の会社に出向してわかったことなんだけど、会社によって文化や風習が全然違うんだよね。「なぜ組織には独自の文化があるのだろう」「仕事の仕方が違ってくるのだろう」というところにも興味を惹かれた。
そして、「人と組織の関係性について考える仕事をしたい」という想いがどんどん強くなって、転職サイトに登録したんだよね。幸いなことにいくつかオファーがあって、最終的には東京の自由が丘にある産業能率大学に転職することになったんだ。
論理的じゃなさ過ぎて自分に失望。稚拙なプレゼンに恥ずかしくて悶絶した日
――(編集部)産業能率大学ではどのようなことを?
井上さん
組織や人材開発のコンサルティング事業に携わることになったんだけど、最初は全然うまくいかなくてね。大きな挫折感を味わったんだ。
――(編集部)何に苦戦したんですか?
井上さん
まず企画書が書けない(笑)。今まではロジックがそれほど必要ない世界ではたらいていたんだけど、コンサルティング業務は、なぜこれが必要なのかを理路整然と説明しないといけないんだよね。最初はそれが全然できなくて自分の論理性のなさに本当に失望した(笑)。
ある日、業界でも有名な人事のプロフェッショナルにプレゼンする機会があったんだけど、その人と僕は同じ年だったのにもかかわらず、知識や経験が全然違う。それがプレゼンの最中にどんどんあらわになっちゃってさ。途中からもう恥ずかしくて恥ずかして汗びっしょりになった。
そんな挫折があったからこそ20代の後半から30代は必死に勉強したんだ。組織や人材開発は幅広い知識が求められるから、一般的な経営戦略論や人事管理論、経営工学、会計やファイナンスにいたるまで、いろいろと勉強させてもらった。
理論と実践という意味では産業能率大学は非常にいい環境で、結局15年間お世話になったんだ。
――(編集部)15年間勤めたのは長いですね。
井上さん
異動もなくて、ずっと同じクライアントを担当し続けて、会社の成長をずっと見続けるという貴重な経験もできた。
自分なりに課題形成してクライアントに進言して、ソリューションを立案して自分でデリバリーする。それなりに自分で意思決定できて、すごく充実した日々だったと思う。
でも、ある時から、その仕事をずっと続けるイメージが持てなくなってきたんだ。
――(編集部)それはなぜですか?
井上さん
キャリアをある程度重ねていって、組織のマネジメントか、研修講師か、どちらかを選ばなくちゃいけなくなったんだ。僕にはそれが選べなかった。両方やりたかったんだよね。
あと、周りの講師陣を見ていても、ビジネス書や論文など、すでに出来上がった理論から抜粋して、教育コンテンツをつくってたんだよね。これは普通なことなんだけど、それでも僕は自分で調査したものや研究したものをベースに話をしたいという気持ちが強くなってきたんだ。
もちろん人の知見は大切だけど、自分でもそれを生み出して自分の言葉で語りたかった。そこからどんどん自分で研究をしたいという方向にキャリアの軸足が移っていったんだと思う。
(上流から下流まで全部自分でやりたい人なんです)
「感性」という数値で示しにくいものを研究したい
――(編集部)パーソル総合研究所に入社されたわけですが、そこではどのような研究をしたいとおもったのですか?
井上さん
集団行動のメカニズムみたいなものを掘り下げる研究をしたいと思った。
でも、僕はまず「個」があって、次に「集団」だと思っている。人間は一人ひとりの「感性」が違うじゃない?
そのなかで、どういう場面で人はワクワクする傾向があるのか、ザワザワする感じを受けるのか。そういう個人の心理状態、それをまず掘り下げたいと思ったよね。
――(編集部)井上さんが人の「感性」に興味を持った原体験って何ですか?
井上さん
最初に入った会社が建材メーカーだったことからもわかるように、僕はもともと建築が好きだったの。
僕が学生だった頃は、ちょうどお台場が開発されていた時期で、何もないところにどんどん大きな建物ができていったんだ。それらはどこか無機質で冷たくも感じたけど、何とも言えずきれいだった。
整備された交通網、規則的な人の流れ、そして人々が吸い込まれていく構造物とかを見ていると飽きなかったし、すごく美しいと感じたんだよね。でも、それをなぜ自分は美しいと感じるのか不思議だった。
――(編集部)美しさを感じる心…
井上さん
建材メーカーに勤めていた時は外壁材のプロデュースなんかも手掛けてたんだけど、手触り感、見た目の色合い、みんなすごい細かいところまでこだわってた。
タイルなんかは、焼き入れによって、色合いにムラができるんだけど、それがすごくいい味わいを出すときもあればそうでもないときもある。そういうことを感じる感性、美観、そして湧き上がる感情。このメカニズムもたまらなく不思議だったんだよね。
人のキャリアも同じで、人生の時々で感じるワクワク、ザワザワ、ドキドキ。なぜそれを感じてしまうのかに関心があるんだ。
それで、はたらく上で単に「快適」であるというだけじゃなく、「心地いい」とか「ホッとする」とか感じられるようにするためにはどうしたらいいかを考えるようになったんだ。
居心地のいい環境を探し続けろ。今がいいとしてもそれが持続するとは限らない
――(編集部)それで“はたらくWell-being”について研究をするようになったんですか。
井上さん
パーソル総合研究所が慶応大学と共同で実施した「はたらく人の幸福学プロジェクト」は、まさに“はたらくWell-being”をテーマにした研究で、「はたらくことを楽しむ」ためにはどのような要素が必要かについて研究をしたいと思ったことがきっかけだよね。
あとは、最近話題になっている人的資本経営なんかもWell-beingとすごく親和性が高い。「はたらく幸せ」については、今後どんどん研究を進めていきたいテーマだよね。
――(編集部)最後に、新R25の読者世代が“はたらくWell-being”を追求するために大切なことって何だと思いますか?
井上さん
まずは自分の居心地がいいと思える居場所を確保することだと思う。もし今がそうでないなら、自ら行動して今の状況を変えていく。ある程度頑張ってみて、それが難しいならば思い切って環境を変える。僕の場合、仕事でしんどかった時は、職場以外に居場所を求めたんだ。好きな仕事をしていても一つのコミュニティに依存しすぎるとしんどくなることもあるからね。常に家庭と職場以外にも1つか2つ自分の居場所を確保しておくといいと思う。複数のコミュニティを行き来することでうまい具合に心のバランスもとることができるから。
ポカポカして心地いい日なたもいずれは日陰になるように、今、自分にとっても居心地がいい場所も、いずれそうでなくなる可能性もある。そうなったらそこから移動すればいい。安定している状態って人にとってすごく心地いいんだよね。でもその安定に持続性があるかというとそうじゃない。慣れてくると飽きてきて退屈することだってある。だから、自然な形で別の場所にもアクセスできる状態にしておくことを心掛けたほうがいいと思う。
「気分よくはたらける」「楽しくはたらける」―そんな状態を獲得できる自分じゃないといけない。そのためには当然、自ら行動しなきゃいけないし、場合によっては経験や新たな知識やスキル、人脈なんかも必要になるかもしれない。それらを身につける努力は当然必要になる。
でもスタートは「これやりたいな」という自分の興味だったりする。自分の興味や関心があることなら頑張れるだろうし、まずはそこをスタートにして、自分を磨いていってほしいと思います。
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