ビジネスパーソンインタビュー
「誰もやりたがらない仕事」にこそチャンスがある
X JAPAN・hideに“指名された”男。北尾昌大が「世界でたった1人」のクリエイターになるまで
新R25編集部
仕事の現場で奮闘するビジネスパーソンたちの魅力、スキルを“○○力”と名付けて、読者の皆さんにお届けしたい! 題して、連載「あのビジネスパーソンの『○○力』」。
今回登場するのは…日本で唯一の“社長専門クリエイティブディレクター”こと北尾昌大さん。
電通では、任天堂「Wii」「DS」などの広告クリエイティブに15年以上従事。
そして2017年、突如渡英。リーズ大学にてMBA(経営学修士)を取得して帰国後、ベンチャーキャピタルに転職…。
かと思えば独立し、現在は年間40社近くのスタートアップ企業のCM・タクシー広告制作に携わっているという、異色すぎるクリエイティブディレクターです。
「広告のプロ(電通)」→「経営学のプロ(MBA)」→「投資のプロ(ベンチャーキャピタル)」→「事業成長のプロ(独立)」という、およそ聞いたことのないキャリアを歩んできた北尾さん。
なぜ「どの業界でも“プロ”として圧倒的な成果を出せるのか?」を掘り下げてみたところ…あまりも実直な、“妙に好かれる男”の本質が浮き彫りになりました。
〈聞き手=石川みく(新R25編集部)〉
「日本のど真ん中から世界を変えろ!」北尾青年の運命を変えた“原体験”
石川
「クリエイティブディレクター」の一言には収まらないほど活躍の幅が広い北尾さんですが…
どの業界でも必要とされる秘訣はどこにあるんでしょうか?
北尾さん
参考になるかわかんないけど…僕、“変な人に好かれる”んですよね。
北尾さん
昔から、世の中的に“曲者”と言われてる有名人とか社長とか…そういうタイプに“妙に刺さる”みたいなんですよ(笑)。
石川
たとえばどんな人に“刺さった”んですか…?
北尾さん
X JAPANのhideさんとか。
※hide…ヴィジュアル系ロックバンド・X JAPANの元ギタリスト。没後20年以上経つ今も熱狂的なファンを多く抱えるレジェンド的存在です
北尾さん
僕が大学生だったころの話なんですけど…当時はまだ芸能人の公式サイトってあまりなかったけど、hideさんはいち早く公式ホームページを立ち上げていて。
そこからメールが送れたから、「今日のコンサート、最高でした!」ってファンレター感覚で送ってみたんですよ。
そしたら翌朝、本人から返事がきました。
石川
えっ?? そんなことあるんですか????
北尾さん
今だったらDMもあるし、そんなことしても埋もれてたでしょうね。
でも当時は、若者でそんなことするやつが珍しかったのか…わざわざ返事をくれて。
調子に乗って、当時学校の課題でつくってた自作のホームページを送ってみたら…それも見てくれて。しかも、そのホームページをすごく気に入ってくださったんです。
石川
夢みたいな話だ…
北尾さん
まさに夢のようでしたね! 大ファンだったので。
そこからやりとりを重ねるようになって、コンサートツアーや撮影現場にもたくさん同行させてもらって。
X JAPANの解散後には、ソロ名義のホームページの運営を、たかだか大学生の僕に一任してくれたりもしました。
北尾さん
ある日の夜、飲みの席で僕の進路の話になって。
「卒業後はhideさんの事務所に就職したい」と話したら…hideさんは「せっかくいい大学を出るんだから、日本のど真ん中から世の中を変えろ」と。
hideさんが亡くなったのは、その言葉をかけていただいた翌朝のことでした。
石川
…
北尾さん
hideさんの言葉がきっかけで、“日本のど真ん中”に興味を持った。
だから僕は「電通」という“ど真ん中”の企業に入社したんです。
信じられますか? これ、いち大学生のエピソードなんですよ…
北尾さん
社会に出てからも、気難しいことで有名な〇〇(超一流女優事務所)の社長さんに「今後は全部北尾に任せる」と言ってもらったり…△△(超一流ミュージシャン)のマネージャーさんにえらく気に入ってもらえたり。
そういう影響力のある人たちに「北尾に任せる」と指名してもらうのって、すごいパワーがありますよ。
おかげで仕事のスケールも、経験値も、明らかに大きくなった実感があります。
「面白いって思われたいだけ」妙に好かれる男・北尾昌大の“逆張り力”
石川
それだけの大物に気に入られるのは希少なスキルだと思いつつ…
ただ“好かれる”だけでは、何度も指名されるクリエイターになるのは難しいですよね。
北尾さんが指名される理由を、もう少し深掘りしてもいいですか?
北尾さん
そうだなぁ…僕のキャリアって、“逆張り力”によってできていると言っても過言ではないんですよ。
hideさんの話も、まだご本人のもとにメールがほとんど届いてなかった時代に連絡したっていう“逆張り”が起こした奇跡なので(笑)。
石川
逆張り力、ですか。
北尾さん
3つの分野で“100人に1人の存在”になれば、100×100×100で“100万人に1人の逸材”になれるって話、よくあるじゃないですか。僕の場合はまさにそれで。
広告クリエイティブの素養があって、MBAを持ってて、ベンチャーキャピタルの経験もある人間って、おそらく世界で僕1人なんですよ。
だから「北尾以外に頼める人がいない」と言ってもらえることが多い。
100万人に1人どころか世界に1人説。ちなみに根拠は「ググったけど誰もヒットしなかった(笑)」だそうです
石川
じゃあ北尾さんは、若手のころから“100万人に1人の逸材”を目指して、戦略的に複数のスキルを身につけてきたんですか?
北尾さん
戦略とかはまったくないですね。単に「アイツ面白いな」って言われたかった(笑)。
人と同じことをしてても面白くないじゃないですか。人がやらないほうが楽しそうだから、そっちに進んでいった結果今があるだけで。
そういう“逆張り力”が、今の自分を作っていることは間違いないです。
北尾流・逆張りエピソード①:「地位と名声」よりも「みんながやりたがらない」仕事
石川
具体的にはどんな“逆張り”をしてきたんでしょうか?
北尾さん
たとえば…僕が電通にいたころの「ゲームCM」って、あまり誰もやりたがらなかったんですよ。
石川
そうなんですか?
北尾さん
2000年代前半は、まだゲームは“オタクと子どもがやるもの”という風潮があった。
それにゲームCMというと、ゲーム画面をつなげて編集するだけと思われていて、ようは業界での地位が低かったんですよね。あくまで当時の話ですけど。
石川
今じゃ考えられないですね…
北尾さん
だから、僕に任天堂の案件が回ってきたときは「チャンスだ!」と思いました。
そして従来の「ゲーム画面をつなげたもの」だけではなく、タレントさんがわいわい楽しそうにゲームをしているCMを作った。
そのほうが「売れる」と思ったからです。
石川
それが広告業界でも大きく話題になったと…!
よく見る“家でゲームしてる系CM”は、北尾さんの発明だったんですね…
北尾さん
いやいや。むしろ「タレント呼んでゲームさせてるだけでしょ」って馬鹿にされましたよ。
でも結果的には、「Wii」も「DS」も飛ぶように売れました。
石川
…!
北尾さん
ゲームを「老若男女が遊べるもの」として、広く普及させることに成功しました。そして僕は、任天堂のCMクリエイティブを一任していただけるようになったんです。
つまり…僕は商業クリエイターを名乗る以上、「面白い」じゃなくて「商品が売れる」ことに重きを置きたい。
クライアントから預かった1円を2円以上にして返せない限り、喜んでもらえないんですよね。
石川
「商業クリエイター」と「アーティスト」は違うと。
北尾さん
そう。僕の原体験は、あくまでhideさんなので。
hideさんのお手伝いをしていたころは、“アーティスト・hide”が表現したものを、生のまま届けたい一心だったんです。
hideさんのすばらしい音楽に、僕が変な味付けを足して“料理”しようなんてめっそうもないじゃないですか。広告も、それと同じだと思うんです。
北尾さん
ちなみに、「面白い広告」の最高峰って“広告賞を獲ること”なんですよ。僕が電通にいた当時は、今以上に賞レースが苛烈で。
だから僕は逆張りして、「広告賞には応募しない」と決めました。
石川
おぉ…かっこいいですけど、キャリアに支障が出たりしないんですか?
北尾さん
自分は自分のやりたい道で、任天堂の例のような「売れる広告」で勝負していたんです。
地位や名声を求めてもしょうがない。その戦いはレッドオーシャンですし、クライアントが望んでいるとも限りませんから。
「誰もやりたがらない仕事」にこそ、まだ見つかっていないチャンスがあるんです。
北尾流・逆張りエピソード②:クリエイターなのにMBAを取得。唯一無二の「社長専門クリエイター」に
北尾さん
僕はほかにも、「みんながやりたがらないけど、面白くてたまらない仕事」をやってるんですよ。
石川
というと…?
北尾さん
「社長と対峙する仕事」です。
北尾さん
社長って、全然“目線”が違うんですよ。
僕はクライアントの誰よりもその会社のことを考えてる自負がありましたけど、社長はその何段階も上を見てるんです。
そして僕は、その“社長が見てる世界”こそが、ビジネスの本質だと感じました。
石川
ちょっと意外です。クリエイターって、社長とか経営層とは相入れないイメージが強いので…
北尾さん
そうなんですけど…クリエイターの目線しかないと、すでに「やる」と決められた仕事にしか携われないんですよね。
僕は社長たちと仕事をした結果、もっと前の段階の「どんな広告戦略を取るか」から携わりたくなってしまった。
石川
「クリエイターなのにMBAを取得した」というのも、その流れで起こった“逆張り”ということですか?
北尾さん
そうですね。ただ留学当時は、もうクリエイティブは捨てようと。ビジネス一本でやっていくつもりでした。
髪も真っ黒に染め直して、ジャケット着て。肩書きからも「クリエイター」を抜いて。
そこまで…?
北尾さん
でも…いざ授業出てみたら、びっくりするぐらい「Creativity」って言葉が飛び交ってるんですよ。
なんでみんな「Creativity」って言ってるんだ? と、MBAのディレクターに勇気を出して聞いてみたら…
「そんなの当たり前だろ」と。
石川
ほう…!
北尾さん
ビジネスはどんどんコモディティ化していき、AIも台頭してくる。
「これからのビジネスの勝敗を分けるのはクリエイティビティだ!」「だからお前みたいなヤツを入学させたんだよ!」って。
もう、その言葉にガーーンと衝撃を受けて。
その日のうちに髪を真っ赤に染めて、「俺はクリエイターだ!」と名乗りはじめました(笑)。
意思がすぐ髪色に出ちゃう北尾さん。ちょっとかわいい
北尾さん
クリエイティブの力でビジネスを支援する。これが“最強の組み合わせ”だと気づいてしまった。
そんな経緯があって、今は「社長専門のクリエイティブディレクター」を名乗っているんですよ。
“クリエイティブ×ビジネス”両方の視点を使って、スタートアップ企業を中心に、社長のパートナーとして事業成長をサポートしています。
自信がないからこそ、「努力すればなんとかなる」という自信がついた
石川
北尾さんのような“逆張り力”を身につけたい若手ビジネスパーソンは、何に気をつければいいでしょうか?
北尾さん
シンプルですが、正直でいること。
自分が面白いと思うことをやればいいし、面白いと思えないことはやらなくていい。
この割り切りが、最初に話した“妙に好かれる話”にもつながると思うんですよね。
北尾さん
仕事においても、ビジネス上の損得じゃなくて、ほんとに「いい」と思うことしか提案しないようにしています。もちろん、どんな大物相手でも同じです。
石川
それって、シンプルなようですごく難しい気がして。
北尾さんが常に正直でいられるのはどうしてなんでしょうか…?
北尾さん
…僕は、とにかく自分に自信がないんですよ。
「だから、ウソをつくほどの自信もないんです」
北尾さん
新しい仕事をもらうたびに、必ず不安になります。
「本当に自分でいいのかな? 失敗したらどうしよう」って。今日の取材も、答えを全部メモしてきましたし…
ずっとパソコンが側にあったのはそういうことだったんですね…!
北尾さん
ただ、僕が言ってるのは「どうせ自分にはできない」みたいな悲観的なニュアンスではなくて。
自信がないからこそ、「努力すればなんとかなる」という自信はあるんですよ。
石川
おお…! “自信の逆張り”だ…!
北尾さん
自信がないからこそ、どんな仕事でも実直に準備してきましたし、苦手なこともできる限り克服してきました。
「大丈夫かな…」と言いつつも、努力の末に成功体験を積んできた。そこには絶対的な自信があるんです。
石川
ネガティブだからこそ、自分のアウトプットに責任を持てるのか…
北尾さん
“逆張り”って言うとひねくれて聞こえますけど…むしろ、自分の「やりたい」欲求に正直になってるだけなんですよね。
石川
たしかに…!
北尾さん
だから若手世代のみなさんも、やりたいことをどんどんやってみてほしい。
でも、やりたいことやるのって簡単じゃないんですよね。「やってみればいいじゃん?」って言って、本当にやる人は少ないんですけど…
だからこそ、勇気を出してやってみてほしいですね。そこに「努力」さえあれば、最後は絶対なんとかなりますから。
「僕は天才じゃない。だから努力するしかないんです」と、取材後に北尾さんがポツリ。
経歴からすると“天才”のようにも見える北尾さんでも、おごらずに自分を律している。
そう考えると背筋が伸びると同時に、日々の仕事の向き合い方を見直さねばと痛感した取材でした。
(余談ですが、北尾さんはIQがめちゃくちゃ高いらしい。やっぱり天才なのでは?)
事業に課題を抱えるスタートアップ経営者のみなさんは、“異色の努力家”の助けを借りてみてはいかがでしょう?
〈取材・文=石川みく(@newfang298)/編集=サノトモキ(@mlby_sns)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
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