真のプロは、逆境で決断する。
「ピンチのハードルは、1回目が“飛びどき”」レジェンド声優・緒方恵美の“ピンチ哲学”
新R25編集部
さまざまな業界のトッププレイヤー12組が表紙を飾る連載「つきヌケ」。
うだつの上がらない若手時代を乗り越え、“一流のプレイヤー”へとつき抜けた瞬間を深ぼる本企画、2022年のスタートを切るのはこちらのレジェンド。
【緒方恵美(おがた・めぐみ)】東京都出身。声優・歌手。1992年、アニメ『幽☆遊☆白書』蔵馬役でデビュー。社会現象となった『新世紀エヴァンゲリオン』碇シンジ役のほか、『美少女戦士セーラームーン』天王はるか/セーラーウラヌス役、『カードキャプターさくら』月城雪兎/ユエ役など、数多くの作品に出演し人気を博す。歌手としても楽曲リリースやライブ活動を精力的に行うほか、em:óu名義で作詞なども行う。2019年2月、新事務所Breathe Artsの設立を発表し、代表を務める。著書に、初の自伝エッセイ『再生(仮)』(KADOKAWA)
声優、緒方恵美さん。
デビュー作『幽☆遊☆白☆書』での蔵馬役、『美少女戦士セーラームーン』天王はるか役、『カードキャプターさくら』月城雪兎役、そして『新世紀エヴァンゲリヲン』碇シンジ役。
日本アニメ史を語るうえで欠かせない人気キャラクターの数々を演じてきたレジェンドも、若手時代を「“あれ? こんなはずだっけ?”の連続だった」と振り返ります。
緒方さん流「ピンチをキャリアの分岐点に変える方法」、ご堪能ください。
〈聞き手=サノトモキ〉
「王道」に進めなかった20代。「お前みたいなのを声優って言えるの?」
サノ
今日は、悩める若手時代を突破したターニングポイントについて伺う「つきヌケ」という企画でして。
緒方さん
ハライチ・岩井くんの記事は読みましたよ!
彼のラジオに出演させていただいた機会があって、そのときに。
岩井さんの記事を担当したメンバー(『カードキャプターさくら』の雪兎が大好き)が感涙していました
サノ
緒方さんはデビュー作の『幽☆遊☆白☆書』の蔵馬役で一躍話題を集めて以降、ずっとスター街道を歩んでこられたイメージなのですが…
若手時代ってどんなことで葛藤されたんでしょうか?
緒方さん
「王道ルートに入れないコンプレックス」。
私、アニメ声優としてお仕事をたくさんいただけるようになった20代中盤のとき、「お前みたいなのを声優って言えるの?」って言われてたんですよ。
先輩とか、会社の一部の方々から。
えっ…どういうことですか?
緒方さん
「アニメ/外画(洋画)/ナレーション」。
当時の「声優」という仕事は、これを全部やって一人前だったんです。アニメでデビューしたあと、洋画の吹き替え、ナレーションとどんどん仕事の幅を広げていく。
これが「王道のキャリア」だと私たちの世代は先輩に言われていたし、私も当然先輩方と同じ道を行くものだと思っていました。
サノ
ふむふむ。
緒方さん
ところが、我々の前世代から声優人口がワッと増えた。
吹き替えやナレーションに幅を広げようとしても、すでにその路線で頑張っている同期がたくさんいて、「お前べつにうち(ナレーション部門)ではいらないよ」と言われるようになった。
「あれ、もしかして私…王道ルートにいけないの?」とだんだん気がつくんですね。
緒方さん
一方、アニメ声優としてのキャリアはどんどん加速して。
『幽☆遊☆白☆書』と『美少女戦士セーラームーン』で演じた2役が爆発的な人気を得たことで、雑誌の「声優グラビア」をやらないかと声がかかったんです。
「なぜ私が?」でした。黒子になるつもりで声優の世界に入ってきたので、顔出しなんて想定していないと。
サノ
しかも、ただでさえ王道ルートから外れはじめているのに、さらに道が逸れかねない状況ですよね…
緒方さん
なので、最初は抵抗したんですよ。「私が顔出しでなんて無理です」って。
でも、若手がそんなに抵抗できるわけもなく、「仕事なんだから」となんとか頑張って撮ったら…
その写真が載った『ボイスアニメージュ』(徳間書店)が、重版、重版、重版。いつもの5倍売れたんです。
「声優、グラビア誌いけるぞ」って話になって、それもまた軌道に乗ってしまった。
緒方さん
20代の私は、気づいたらどんどん「王道を進む人たち」と違う流れに入っていってしまっていたんです。
なので、「これからどうしていこうかな…」って感じだったんですよね、むしろ。
真のプロフェッショナルは「逆境で決断する」
サノ
思いがけず前例のないキャリアになってしまった20代だったんですね…
「王道に進めない」というコンプレックス、それをどう突破したんですか?
緒方さん
“動いた人にしかチャンスは与えられない”と気づいたことがきっかけでした。
緒方さん
私が青二プロダクションが運営する「青二塾」という声優養成所にいたとき、象徴的な出来事があって。
当時大人気の声優・塩沢兼人さんがゲスト講師として来てくださったときのこと。
(※クレヨンしんちゃんのぶりぶりざえもんなど多数)
兼人さんは、興奮気味の生徒たちに短い詩を配って、「順番に読んでください。そのうえで、それぞれ良いと思った人に無記名投票をしてもらいます」と言ったんですね。
サノ
ふむふむ。
緒方さん
ただ、兼人さんが次に言った言葉は「僕とみなさんの投票が多かった男女上位3人にだけ、僕は指導をします。ほかの人にはレッスンはしません」。
実際、言葉通り上位だった男女6名だけに指導をして、授業は終わりました。唖然としている生徒たちを前に、兼人さんはこれだけ言って帰ったんですよ。
「わかりましたか? これが現実です」って。
緒方さん
塩沢さんは、「オーディションで選ばれなければ仕事をもらえない」「声優の世界に平等なんてない」という声優の“現実”を教えてくれたんですね。
もう塾生は大騒ぎで。「同じ額のお金を払ってるのに、こんなのありえない」「素敵な人だと思ってたのに幻滅」って。
で、ここから本題なんですが…結局、そのとき陰で不平を言っていた子たちは全員、青二プロダクションのジュニア所属オーディションに落ちたんです。
サノ
…!
緒方さん
塩沢さんが何を伝えようとしたのか、頭を切り替えられた人だけが残った。
現実を突きつけられ、そのピンチにどう向き合えたかで、次のステージに進める子とそうでない子が明確に分かれたんです。
この出来事以降、私は、「ピンチに腐らず向き合えた人間だけが、プロとして生き残る」ということを強く意識するようになったんですよね。
緒方さん
これは、ひとりの働き手としてすごく意識してることなんですけど…
ピンチのときに「今が分岐点だ」と自覚できるかで、キャリアってものすごく変わると思うんです。
サノ
ピンチのときこそ、決断のタイミング…?
緒方さん
順調にいってるときは、流れに乗っとけば勝手に進んでいくんですよ。
でも、ピンチのときって必ず立ち止まるじゃないですか。「さてどうしようか」と、自分の意志で足を踏み出す方角を決めなくちゃいけない。
ピンチこそ、“決断のタイミング”なんです。ここだけは、本人にしかできない。
サノ
では、緒方さんは「王道キャリアを進めない」というピンチをどうやって乗り越えたんですか?
緒方さん
事務所を辞めたんです。
当時の私は、こういうキャリアになってしまった以上、なんとか自分で可能性を広げるしかない。
そこで、「今自分が新たに挑戦してる“音楽”や “ラジオパーソナリティ”も、自分の武器として本気で極めていきたい。作詞や作曲、クリエイティブな分野も」と事務所に掛け合ったんですよ。
でも、「あなたはもう“アニメ声優”。ラジオはともかく作詞作曲なんて…ほかのことをやる必要ないでしょう」という感じで取りつく島もなくて。
サノ
ふむふむ。
緒方さん
じゃあもう、自分で切り開くしかないなと。
「もちろん、大変お世話になって今でも親交のある“戦友”スタッフたちもたくさんいますけどね!」
無知状態で飛べる“1回目”こそ、ピンチの「飛びどき」
緒方さん
ピンチに対してはもうひとつ持論があって。
それは「ピンチは、1回目に来たときが一番ハードルが低い」ということ。
緒方さん
人生って、“無知”だからこそ突破できちゃう瞬間ってわりとあるんですよ。
若くて、バカだったから飛び込めたこと。無謀だからできたこと。
こういうこと、ありませんでした?
サノ
大いにあった気がします。
緒方さん
それって、じつは若いときだけの話じゃなくて。何歳になっても人生1周目なんで、「はじめてのピンチ」なんて現れつづけるわけですよ(笑)。
つまり、“無知”状態で飛べる1回目のときこそが「飛びどき」なんです。
経験を積んで小賢しくなるほど踏み出せなくなる。今来た壁は、今越えるべき壁なんですよね。
緒方さん
その一方で、ピンチから逃げだしても、必ず同じようなピンチがもう1回巡ってくるんですね。これは断言します。絶対に来る(笑)。
で、2回目巡ってきたときって、飛び越えるハードルが1回目のときより圧倒的に高くなってるんです。
サノ
ああ…
緒方さん
1回逃げたって前歴があるから、「こういうときは逃げればなんとかなる」って経験則が、自分のなかに生まれちゃってる。
こうなっちゃうと、明らかに飛びにくくなる。だから…ピンチのときほど「逃げちゃダメだ」ってことです(笑)。
「もちろん、本当にしんどかったら逃げればいいんですけどね」
「ピンチから抜け出すには、“誰かのために”が推進力になる」
サノ
ほかにも、「ピンチ」に対峙するときに意識していることはありますか?
緒方さん
「誰かのために」をイメージすることかな。
「自分のため」に頑張らない。
私だって、当たり前ですけど自分のことでいっぱいいっぱいになるんですよ。マネージャーにも、「無理だよっ!もうできないよっ!」とかよく言ってます(笑)。
一瞬シンジくんの声が聞こえて昇天しかけました
緒方さん
そういうときって、追い込まれて、自分のことしか考えられなくなる瞬間があるんですけど…
「自分のことだけ考えてればいいや」という状態は、空気を吐かずに吸いつづけてるのと同じなんです。
サノ
…!
緒方さん
声優らしい話をしておくと、呼吸ってよく「吸って吐いて」と言いますが、吸うより“吐く”ほうが圧倒的に大事なんです。
まずはめっちゃ吐くんですよ、「はあ~~~!!!!」って。「もうこれ以上吐けません」ってくらいめっちゃ吐いてふっと力を抜くと、自然と新しい空気で肺がいっぱいになる。
「出すから入ってくる」んですよ。
サノ
なるほど、イメージしやすい…!!!
緒方さん
それと同じで、ピンチになったときは、まず出す。自分のことだけじゃなくて、まわりのためになるかどうかを考える。
とくに、すぐそばにいる人…家族とか仕事仲間とか、大切な人のためになるかどうか。
しんどいときこそこの発想が自分を前に進めてくれている感覚は、強くありますね。
サノ
コロナ禍というピンチにおいても、緒方さんは「人に尽くす」ことを考えてらっしゃるんですか?
緒方さん
尽くすというか…共に生きることを。私は今、アニソン&ゲームシンガーたちによる音楽フェスの開催を目指したクラウドファンディングプロジェクトを実施していて。
日本だけじゃなく、世界中のアニメ・ゲームファンのみなさんに、スマホを通して、一瞬だとしても楽しい思いを、元気の出る歌を届けたい。
ただ、みなさんに笑顔になってもらいたい。それだけの原動力で、今、走ってます。
緒方さん
今また、新しいコロナの波が来ている。
でも、最後までできることやろうと思って、毎日毎日クラウドファンディングのレポートを更新していて。
もしできなかったとしても…きっとこのフェスをやろうと思ったことにはきっと意味があって、必ず最終的にはよいことにつながるはずだと信じております。
サノ
ピンチを前に、どう立ち振る舞うか。
緒方さんの“プロフェッショナルたる由縁”が、よくわかった気がします。
今日はありがとうございました!
「誰しも、思い通りにならない人生を生きてると思うんですよ。そのピンチを、どう前につなげるか。その連続ですよね」
取材の最後に、こうおっしゃっていた緒方さん。
“ピンチのときほど「逃げちゃダメだ」”。緒方さんの哲学は、この一言に集約されている気がしました。
今年も多くのピンチが立ちはだかると思いますが…“決断タイミング”と捉えてエンジンに変えてやりましょう!
@mlby_sns〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=福田啄也(@fkd1111)・石川みく(@newfang)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
緒方さん主催のクラウドファンディングが、多くの応援を受け見事達成!!!
緒方さん主催のクラウドファンディングプロジェクト「プレシャスなアニソン&ゲーソンフェスを開催 -世界中に元気と勇気を届けたい-」が、多くの応援を受け見事目標金額3800万円を達成!
フェスには、『新世紀エヴァンゲリオン』主題歌「残酷な天使のテーゼ」を代表作に持つ高橋洋子さんをはじめとし、アニメソング、ゲームソングを彩ってきた数々の“プロフェッショナル”たちが登場。
以下、緒方さんから新R25読者のみなさんへコメントをいただきました…! 気になった方はぜひチェックしてみてください!
緒方さん
お陰様で達成しました!
でもゴールじゃなく、これからがスタート。みなさまの想いをいただいて、元気が出る音楽フェスを無事に開催できるよう、一つ一つの問題を制作チームと共にクリアしながら、アーティストやミュージシャンのお力を借りて、頑張っていきたいと思います。みなさま、ぜひ見てください。
3月27日(日)豊洲PIT。その1週間後に短縮版を全世界無料配信する予定です。
今回、クラウドファンディングではかなり現地の数を絞ったので(3000キャパで現在500程度)、今後、一般でチケットを販売するかどうかを検討中です。(その時点での政府指導に基づいた数だけ)
また、配信チケットは販売いたしますので、ぜひご覧いただけたらと思います。ありがとうございました!
緒方さん初の自伝本『再生(仮)』が絶賛発売中!
緒方さんがご自身の半生をリアルな言葉でつづった自伝本『再生(仮)』が絶賛発売中。
膨大なトライ&エラーの軌跡が詰まった本書では、緒方さんの哲学、信念に、さらに広く深く触れることができます。
大人気声優が明かす、これまでとこれから。こちらもぜひチェックしてみてください!
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