ビジネスパーソンインタビュー

「実現できない」なんて怠慢。子ども政策を推進する明石市長の“周囲を納得させる手腕”に感服した

答えは目の前のまさにその声にある。

「実現できない」なんて怠慢。子ども政策を推進する明石市長の“周囲を納得させる手腕”に感服した

新R25編集部

連載

あのビジネスパーソンの「○○力」

2022/08/07

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仕事の現場で奮闘するビジネスパーソンたちの魅力、スキルを“○○力”と名付けて、読者のみなさんにお届けしたい! 題して、連載「あのビジネスパーソンの『○○力』」。

今回登場するのは、兵庫県・明石市で市長を務める泉房穂(いずみ・ふさほ)さん

【泉房穂(いずみ・ふさほ)】1963年、兵庫県明石市生まれ。1987年に東京大学教育学部を卒業後、NHKに入局。退社後に司法試験に合格し、弁護士として明石市内を中心に活動する。2003年に衆議院議員となり、2011年より現在まで明石市長を務める。「こどもを核としたまちづくり」をビジョンに掲げた独自の政策が話題を呼び、Twitter開設から8か月足らずでフォロワーが32万人に。(2022年8月現在)

Twitter上で、このお方を見たことはありませんか?

2021年の12月にTwitterを開設し、約半年で30万人以上のフォロワーを集める、今注目の市長です。

独自の「子ども政策」によって9年連続で人口が増えつづけ、税収も増加。子育て世代がこぞって移住し、市にバブルが到来しています。

驚くべきは、泉市長たった一人の構想から政策の実現にいたったということ。読者のなかにも、「自分の構想に人を巻き込みたい」と奮闘するリーダーもいるのではないでしょうか。

そこで泉市長に「個人的な構想をどうやって市全体で実現したんですか?」と聞いたところ、成功のカギは4つの“Win-Win力”にあるようで…

泉さん

① メリットの“時間軸”をずらす

② メリットの“種類”をずらす

③ メリットを創出する

④ 詰将棋のように機運を待つ

相手の願望をうまくくすぐる、したたかな戦略とは…?

〈聞き手=福田啄也(新R25編集部)〉

明石市の名物「明石ダコ」をバックにお届けします

福田

最近、泉市長のTwitterが話題になってるのをよく見ます。

今度、ひろゆきさんとも対談本を出されるんですよね?

泉さん

そう、出すんだけど、ちょっとやらかしちゃってね…

2時間くらい対談したうち、1時間51分くらいは僕がしゃべっちゃってた(笑)。

福田

ええ…!!!

あのひろゆきさんに論破の余地を与えないマシンガントーク… 今日はちゃんと対話できるよう食らいついていきます

「関係者全員がハッピーになる道を選ぶ」泉市長がまず子ども政策をやる理由

福田

いつも泉市長の話題の中心にあるのが、明石市独自の「子ども政策」だと思うんですが…

たとえば、どんなことをやられてるんですか?

泉さん

明石市では2013年から「こどもを核としたまちづくり」に取り組んでいて、有名なのは全国の市町村で初となる「5つの無償化」ですね。

泉さん

それ以外にも「養育費の立て替え」「高校進学への奨学金制度」など、子どもに関することは一生懸命やっています。

最近では明石市を真似して、まわりの市町村や東京でも「子ども政策」が始まってきていますね。

福田

すごい…

前例のない政策を、明石市が真っ先にできるのはなぜなんでしょうか?

泉さん

よく聞かれるんですけど、それは勘違いで。

どれも世界のどこかでやっていることを持ってきて、明石市に合わせてアレンジしているだけ。

日本では珍しいけど、地球上で見たら明石市はスタンダードなんですよ

福田

そうなのか…! ではなぜ全国の自治体で実現できていなかったのでしょうか?

泉さん

「実現できない」っていう思いこみ。あとはやる気がないだけの怠慢です。

怠慢…

泉さん

みんな「子どもに回せるお金が足りない」って言うんですけど、そんなわけないんですよ。

でも、メディアが「お金がない」って言うから、みんな勝手に「お金がない」って思いこんでしまう。

僕もマスコミ出身だから言います、メディアの責任もありますよね。

元NHK職員だからこそ言える発言だ… 初っ端から話が止まりません

福田

とはいえ、今は高齢者の人口が増加しているので、「子どもよりも先にお年寄りを…」となるのは自然だと思います。

泉さん

まずそれがおかしい

僕は、誰かにしわ寄せが来たり犠牲のもとに幸せが成り立ったりするんではなく、関係者全員がWin-Winになる道を明石市で実現してきました

今日はそれをお話しましょう。

理想的だけど、ちょっとキレイごとでは…? どう実現したのか深掘ってみましょう

無理な政策をWin-Winにする力① メリットの“時間軸”をずらす

福田

そもそも、「子ども政策」の財源って税金ですよね。

限られた予算を子どもに回すことに、反対の声もあったんじゃないですか?

泉さん

最初はかなりしんどかったですよ。とくに商売人お年寄りに納得してもらうハードルが高かった。

「お金がある時代ならいいけど、今は子どもにお金をかけてる場合じゃない」ってもう猛反対。「商店街にアーケードをつくるほうが先だ」なんて声もありました。

福田

そうですよね…

どうやって説得したんですか?

泉さん

市民のみなさんが経済的なメリットを受けるタイミングを、5年先にずらしてもらったんです

泉さん

商売人のメリットは、「商店街のアーケード」をつけるよりも、商店街に人が集まること。

高齢者のメリットは、いまの限られた予算で政策を打つよりも、増えた税収で高齢者政策を打つことですよね。

だから「子ども政策で人口が増えたら、商店街は繁盛するし高齢者政策はもっと手厚くできる。必ずみんなハッピーになれるから、そのために5年だけ待ってくれ」ってお願いしたんです。

福田

なるほど…!

泉さん

最初は「なんで市長は子どもにお金を使うんや」って批判もありました。

でも、そこから本当に人口が増えていき、商店街に活気が戻って、高齢者政策の予算も拡充できた。

そこで初めて市民のみなさんに、「優先すべきは子ども」だと実感してもらえたんだと思いますね。

目先の小さなメリットよりも、5年先の大きなメリット。これは納得しちゃいます

無理な政策をWin-Winにする力② メリットの“種類”をずらす

泉さん

あとね、市民のみなさんが求めてるメリットって、意外とお金の損得だけじゃないのよ。

損得以外のメリット…?なんでしょう

泉さん

明石市では「障がい者支援」にも力を入れているんですけど。

その一環として、商店街のお店に「筆談ボード」や「点字メニュー」などを置いてもらいたかったんです。

最初にどこのお店にお願いしたと思いますか?

福田

一番導入してくれそうなお店からじゃないんですか…?

泉さん

普通はそうしますよね。もし障がいを持つお子さんがいるお店からあたったら、答えはもちろんイエスなんだろうけど…

でもそれだと「あそこは障がいがあるお子さんがおるから導入したんだね」で終わってしまいます。

福田

たしかに…

泉さん

だから僕は、福祉に理解があるかどうかではなく、その業界の“トップのお店”からお願いしたんですよ。

「今度、明石市の広報紙で“福祉に優しい店”っていう特集を組むんですが、会長である“あなたのお店”からまず始めていただきたい」って

断りにく…!!

泉さん

お腹が膨れて儲からないと人は簡単に優しくなれないから、もちろん「反響がきて商売が上向きますよ」ってこともアピールしましたけど…

それ以上に、誰だってまちの広報紙に大々的に紹介されて、悪い気しないでしょう(笑)?

福田

100%プライドがくすぐられますね…!

泉さん

オセロでいうと“角”にあたるトップが動いたことで、まわりのお店も次々に真似しはじめて、オセロの面が全部ひっくり返った。

だから無理と思われていた政策が実現できたんですよね。

何この気持ちいい話

福田

プライドをくすぐるのが交渉ごとに効果的だと、いつ気づいたんですか?

泉さん

僕、政治家になる前は弁護士をやってたんですけど。

そのときに、人が動くのにはいくつかの要素があるってことを実感したんですよ。

福田

いくつかの要素?

泉さん

金銭的・社会的・精神的なメリットですね。

これをどうずらすかが知恵の見せどころ。

泉さん

あるとき、遺産争いをする兄弟の片方の代理人をしたことがあったんです。

金銭的なメリットだけで話し合っても、一向に解決しなかったんですよ。

福田

ドロ沼だ…

泉さん

そんなときに弟が一言、「兄さん、今まで親の面倒をみてきてくれてありがとう」とお礼の言葉を口にした。

そしたらお兄さんは「長男としての役目は果たした」「自分の努力が報われた」と思ったのか、弟が多めに相続することになって、円満に解決となったんです。

人って、“金銭的なメリット”だけじゃなく、“社会的・精神的な側面”も大切なんだとあらためて感じたケースでした。

人間、金銭的に損をしたとしても、その日の夜においしいビールを飲めることってあるんですよね。

くすぐるメリットの“種類”をずらす。交渉ごとのときに心得よう…

無理な政策をWin-Winにする力③ メリットを創出する

泉さん

今日明石駅から来られたなら、駅前に大きなビルがあったでしょ?

あれもWin-Winを実現したひとつの結果なんですよ。

福田

駅ビル…確かにきれいな建物がありましたね。

泉さん

明石市は「手を伸ばせば本に届くまち」を目指しているので、そのシンボルとして、面積4倍にした図書館をまちの中心である駅前に移転したんです。

その場所にはもともと大型書店が構えていて、「手を伸ばせば本に届くまち」の実現にはこの大型書店との連携もあったほうがいいと考えた。

だから、あの駅ビルには「図書館」と「書店」が一緒に入っています。

福田

書店とお客さんを取り合っちゃいそうですけど、共存できるものなんですか?

書店側からすると「本が買われなくなる」って思っちゃいそうですけど…

泉さん

最初は「食い合うやないか」って、みんなびっくりしてました(笑)。

でも僕はラーメンストリート」と一緒やと思ったんですよね。

一緒…なのか?

泉さん

“ラーメン好き”は「ラーメンストリート」という場所が好きで集まります。

そこに味噌ラーメンの店と塩ラーメンの店が並んでいても違和感はないし、どちらにもお客さんが入るじゃないですか。

同じように“本好き”が集まれる場所をつくれば、図書館も書店も本好きの市民も、みんなハッピーになれるんじゃないかと考えたんです。

福田

ほう…

食い合わないように、どんな工夫をしたんですか?

泉さん

置く本を住みわけました。図書館には「長く読みつがれる名著」を、書店には「最新のベストセラー」をそろえる。

そうすれば、無料で読みたい人は図書館に行くし、早く読みたい人は書店で購入しますよね。

福田

なるほど…!

泉さん

このやり方で去年、図書館は全国評価1位に輝きましたし、書店もこのエリアでは1位の売り上げになれたんですよ。

Win-Win施策、全部あたってる…

無理な政策をWin-Winにする力④ 詰将棋のように機運を待つ

福田

ここまで聞いていると、泉市長の手腕に驚かされますよね。

市政で新しい取り組みをするのって、とても簡単じゃなさそうなのですが…

泉さん

よく「冒険している」と勘違いされがちなんやけど…

僕としてはすべて置きにいってる、ずっと「詰将棋」をしているって感覚なんですよ

泉さん

頭のなかにある構想をリアリティ持って実現するまでに、「法律を整えないと」「市民に協力してもらわないと」とか、いろいろな課題がでてくるでしょ?

その道筋はシビアに考えながら課題をクリアにしていって、ここぞの実行タイミングをずっと待ってるんです。

福田

なるほど… すでに頭のなかでリアルな構想をしているのか…

実行タイミングの決め手はなんですか?

泉さん

機運の高まりですね。

たとえば、明石市では2020年に「ファミリーシップ制度」を始めたんです。これは、「性別にとらわれず互いを人生のパートナーまたは家族として尊重し、継続的に協力し合うことを認める」という制度なんですけど…

2015年に渋谷区と世田谷区が全国初の「LGBTQ+」の政策を始めたとき、「明石のまちとしての機運は今じゃない」と感じたんですよ。

福田

それはどうして…?

泉さん

東京とは違って、明石では“我がまちのこと”という意識が市民の中に広がっていなかったからです。よくも悪くも、住民の関心がまだ高くなかった。

僕も「明石市にも必要な制度だ」と思っていたんですけど、そのときに強行しても市民のみんなが共感できる状態にはならないでしょう。

福田

難しい問題ですね…

泉さん

それから4年後の2019年に、明石市で初めて「プライドパレード(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー文化を讃えるパレード)」が開催されたんですよ。

それを柱の陰からじーっとのぞいていたんですけど、温かい雰囲気でパレードを楽しむ明石市民の様子が見れた。

そのとき「機運がきた」「もうやっても大丈夫や」って実感を得たんですよね。

柱からのぞいているのがかわいいのよ

「ほんまの声を聞けば、自ずとWin-Winになる」外さない政策を打つ泉市長が見据えているもの

福田

Win-Winを突き詰めていけば、こんなにクリティカルな政策を打てるのか…

泉市長のように外さない政策を打つのって、やっぱり難しいんですかね?

泉さん

それは簡単で、市政の答えはまちにあるんです。市民にあるんですよ

泉さん

コロナでまちが静まりかえってしまったとき、商店街で困ってることを聞いて回っていたら、「テナント賃料が払えなかった。立ち退きさせられる。もう終わりや。こんなこと市長に言ってもしょうがない」と言われたことがあって。

僕は「そんなことない。市長なんだからやりますよ」と言って、すぐに臨時市議会を開いて予算承認してもらって、2週間後にテナントの口座に100万振り込んだんです。

福田

2週間後…

泉さん

答えはどこにあるか。目の前のその人の「もう立ち退きさせられる」という、まさにその声にある。

ほんまの声に向けて政策を打てば、外れるわけがないんです

福田

市民の要望を聞いてから実行までが早い…

あらかじめ準備してないことでも、そのスピード感でできるのはなぜですか?

泉さん

決定権者である市長が、全責任を負う前提で、すぐに決断しているからやと思いますね。

「どの山を登るか」という方針・予算の配分・人事・広報…すべての意思決定を迷いなく柔軟にしているので、ムダなロスがない。

福田

たしかに…すべて市長の裁量権内なんですね。

もうすでに10年以上市長をやられていたら、やりたかった構想はほとんど実現できたんじゃないですか?

泉さん

全然まだまだです。

市長になった時点でも200の構想があったんですが、まだ3割くらいしか実現できてないので。

福田

えぇ…!?

こんなにやってても、まだその程度だったんですか…

泉さん

遠い「国」の動きを待つのではなく、まずは「市」が動く。そういうスタンスでやってるので、本当はもっと早くやっていきたいんです。

残りの構想も、ここぞのタイミングを見計らって、順々に具体化していきたいですね。

すべての構想を本当に実現してしまいそうな勢い… 明石市に転居したくなってきた

「みんながハッピーになる市政」なんてきれいごとじゃない…?

そう思っていましたが、実際に聞いてみると、ほかの市や国でも実現できそうだと希望を感じられました。

帰りのタクシーで運転手さんが、「市長に会ってきたの? うるさかったでしょ? すごいしゃべるから(笑)」とひとこと。

明石市民に愛されている真のリーダーだと、ひしひしと伝わってきました。

自分の構想にチームメンバーを巻き込みたいリーダーは、“Win-Win力”を高めるのが近道なのかもしれません。

〈取材・編集=福田啄也(@fkd1111)/執筆=ケイ・ライターズクラブ/編集=山田三奈(@l_okbj)撮影=中澤真央(@_maonakazawa_)〉

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