ビジネスパーソンインタビュー
最高の「作業用BGM」はある?
「集中力を上げる効果はない」とわかっていても、脳研究者が仕事中にBGMをかける理由
新R25編集部
巷には「作業用BGM」と銘打たれたオムニバスCDがいくつもあります。ジャンルはカフェでかかっていそうなライトなジャズやアップテンポのテクノ、ボカロ曲とさまざま。デスクワーク時にBGMを聴いて、作業効率を上げよう!というビジネスマンも多いでしょう。
こうした音楽によって、作業効率が変わるということはあるのでしょうか?作業が一番よく進むBGMはなんなのでしょう?
そんな疑問を、東京大学薬学部教授であり、大脳生理学を専門とする池谷裕二先生にぶつけてみました。
〈聞き手:崎谷実穂〉
無音よりも多少の音を聞いていたほうが「効果がある」のは実証済み!
ライター・崎谷
世の中には「作業用BGM」などのCDやプレイリストも多いですが、あれって効果があるのでしょうか。
池谷先生
まず、マウスの実験だと、まったくの無音状態では何かを学習させるということができないんです。「ザーッ」というホワイトノイズ、いわゆる砂嵐の音を聞かせることで学習効果が高まる。
人間であれば静かな喫茶店くらい、50デシベル程度の雑音があるといいでしょうね。それくらいの雑音があったほうが、学習は進みます。
ライター・崎谷
では、そのホワイトノイズぐらいの音を聞いてたほうが、仕事も進む…?
池谷先生
いいと思いますよ。たとえば「自然音」が収録されている音源を聞くとか。
雨音や波音、川のせせらぎ、葉ずれの音、鳥の声、虫の声などそういったものは、良しとされていますね。
池谷先生は、自然音をたくさんコレクションしていて、仕事中にも聴くそう。取材時にも「ジャングルの音」などいろいろ聴かせてくれました
脳は複数のことを意識するのが苦手なので、「考える仕事」にBGMは向いてなさそう
ライター・崎谷
音はあったほうがいいんですね。では「BGM」、つまり音楽となるとどうでしょう?
池谷先生
一概には言えませんが、「ほどほどに音楽が好きな人は、音楽を流したほうが作業効率がいい」というデータがあります。けど…
ライター・崎谷
けど?
池谷先生
効果は単純作業に限ります。数学の難問を解く、論文を書くといったことには当てはまりません。
デスクワークの内容にもよりますが、企画書を書いたり、メールの文章を考えたりということには向いてないかもしれません。
ライター・崎谷
それは脳内でどういう違いがあるのでしょうか。
池谷先生
脳は“無意識”では複数のことを並行して処理するのが得意なんですけど、“意識している状態”では並行処理が苦手です。
だから音楽をかけていると、本来やるべき仕事に割り当てるはずの心理リソースが、「音楽を聞く」という作業にも振り分けられてしまう。平たく言うと、集中力がそがれてしまうんです。
集中して考えなければいけない仕事には、BGMはあまりよくないでしょうね。
ライター・崎谷
うーん、考えずにすむデスクワークってあんまりないし、厳しいんですかね…
「好きな曲、速い曲でテンションUP」「歌詞を聴かない洋楽がいい」→全部効果なし!
池谷先生
さらに言えば、「好きな曲」を聴いてしまうと作業効率が落ちるでしょう。
ライター・崎谷
落ちてしまうんですか…!好きな曲を聴きながら気分よく仕事できるということは?
池谷先生
いや、聴き入っちゃいますからね。
僕はクラシック音楽が大好きなんですけど、例えばモーツァルトなんか聞いていると、「あ、さっきのメロディーラインが転調して、またここで使われてるんだ」とか「お、主旋律がクラリネットからフルートに移行したな」とか考えてしまうので、まったく仕事がはかどりません。
池谷先生
好きな曲を聴いてしまうと、「サビを聴こう」とか「ここがいい」とか意識してしまうでしょう。そういう人に、BGMはダメです。
ライター・崎谷
アップテンポの音楽だとテンションが上がって作業も進む、みたいなことがあるのかと思いました。
池谷先生
アップテンポかダウンテンポか、洋楽か邦楽か、どんなジャンルか、歌ありかなしか、長調か短調か、これらは作業効率に一切関係ありません。
池谷先生が仕事中にBGMをかける理由「集中が切れても、机に向かえる」
池谷先生
と言いながら、僕は仕事時間の半分くらい、音楽を流しています。
ライター・崎谷
え、ええ…? BGMに効果はないのでは?
池谷先生
集中力を上げる効果はありません。
でも、集中力が切れた時に、そのまま机に座っていられるという効果はある。あと、嫌な仕事に取り掛かりやすくする効果もあると思います。
ライター・崎谷
どういうことでしょうか?
池谷先生
まず、脳の集中力には波があるので、集中が切れてしまうことがあります。そのときに、立ち上がってなにか飲みに行ったり、他のことをし始めたりすると、また仕事に戻るのが難しい。
でも、音楽がかかっていたら、それを少し聞くと気晴らしになるので、座ったまま、短時間で気分転換ができる。そうして、またスムーズに仕事に戻れます。これは、BGMのいいところですね。
ライター・崎谷
嫌な仕事に取り掛かりやすくするというのは?
池谷先生
まず、デスクのスピーカーから自分の好きな音楽を流します。すると、その音楽を聞きたいという気持ちで、机の前に座ることができる。
それで、音楽を聞いて気分を良くして、大量の書類作業などに取り掛かるんです。
ライター・崎谷
景気づけのために聞く、と。
池谷先生
そうそう。それで仕事に集中しはじめたら、正直言って、まったく音楽なんか聞いていません。
何かに集中している状態では「並行処理」できませんから。気がつくと何曲も先に進んでいたりする。何曲目までいったかで、時間の経過を知るんです。
僕は、自分が集中できているかどうかを確かめるために音楽をかけている、とも言えます。
ライター・崎谷
音楽が聞こえなくなったら集中している。集中のバロメーターとして使っているんですね。
池谷先生
そうです。だから最初の景気づけ以外は、どんな音楽でもいいんですよ。
ライター・崎谷
なるほど…。取材前は「一番効果がある作業用BGMは?」とか考えていたんですが、すべて意味がなかったことがわかりました(笑)。
池谷先生
「好きな曲」とかアップテンポだとか、そんなことが気になるのは、集中できていない証拠です。
BGMを聞くことに使う心理リソースを、すべて仕事にまわしましょうね(にっこり)。
結論、BGMに(単純作業以外の)作業効率や集中力を上げる効果はない。ただし、仕事に取り掛かりやすくしたり、自分が集中しているかどうかを確かめたりする効果は期待できる、ということでした。
斬新な池谷先生のBGM活用法、真似しようと思います…!
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