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修行ゼロで始めたラーメン屋が「安心」を得るまで—300万円の赤字を乗り越えてつかんだ、“はたらくWell-being”

修行ゼロで始めたラーメン屋が「安心」を得るまで—300万円の赤字を乗り越えてつかんだ、“はたらくWell-being”

連載「“はたらくWell-being”を考えよう」

新R25編集部

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リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。

現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。

そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」では、モヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。

今回紹介するのは、ラーメン箕輪家を経営する丸山 紘平(まるやま こうへい)さんです。 自衛隊、幻冬舎の編集者・箕輪厚介さんの鞄持ちを経て、2022年に修行ゼロでラーメン店をオープン。 開業からわずか3年で、ラーメン業界を熱狂させるラーメンフェスを主催するまでに成長しました。

しかし、その道のりは決して順風満帆ではありませんでした。 ラーメンも経営も「何もわからない」まま始めた2年間、孤独で必死だった日々には、はたらく幸せも、お金も、何もなかったのです。 転機となったのは、ある人気ラーメン店主との出会いで得た「安心」という感情でした。

経営者であっても、いや、経営者だからこそ必要な「安心」とは。 丸山さんがたどり着いた“はたらくWell-being”とは何なのか、お話を伺いました。

大学卒業後、自衛隊に入隊。2年間の任期を終え、退官後は直感の赴くままに幻冬舎の編集者である箕輪厚介氏の募集に応えるかたちで、箕輪氏の鞄持ち兼トゥクトゥクドライバーに就任。その後、コロナ禍のカンボジアにて飲食店の立ち上げを経験。店は順調に開店し軌道に乗りつつあったが、その最中、大きなバイク事故に遭う。命は取り留めたものの足を開放骨折する大怪我を負い、夢半ばで日本に帰国。周りにも迷惑と心配をかけたと道を失いかけていたとき、再び箕輪氏の呼びかけにより、「ラーメン箕輪家」の店主に就任

修行ゼロで始めたラーメン箕輪家「周りなんか見てない」孤独な日々

柴山

箕輪家は今、オープン3年目ですよね。最初は、どういう体制でスタートしたんですか?

丸山さん

2人ですね。そこからアルバイトを募集して、2、3人くらい入ってくれて。今はもう最初のメンバーはいないですね。

柴山

そのころはどんな感じでした?

丸山さん

生まれて初めて法人をつくって、何もわかっていない状態でラーメン屋を始めたんで、法人化した瞬間からお金がなかった

もう動くしかなかったんで、ただがむしゃら。周りなんか見てないですね。お客さんが来るのもわからないし、味もわからないし、仲間にどう伝えたらいいかもわからないし。とにかく自分のわがままだけで、ずっとやっていました。

「周りなんか見てない。自分のわがままだけで、ずっとやっていました」

柴山

その状態は、どれぐらい続いたんですか?

丸山さん

2年ぐらいずっとこんな感じだったかな。毎日自分に余裕がなくて、自信もなくて

始めて1年ぐらいは、ずっと朝から晩まではたらいていて、しんどくなって「お店休みます」ってことも多かったんですよ。

仲間にも、なんでわからないんだよとか、お前もこうやれよとか、もっと考えろって言っていたんです。挙句、なんでわかってくれないんだよみたいに思って、勝手に孤独になって

柴山

今はまったく違うように感じるのですが、何か転機が訪れたんですか? ターニングポイントだったなっていう出来事とか。

丸山さん

いいラーメン屋さんと出会ったことですね。「むかん(無冠)」というラーメン店の店主の小松崎さんという人なんですけど。

その人と出会って、「まるちゃん、こういうラーメン店にお客さんが来るんだよ」ということを教えてもらって、ものすごく腑に落ちて、それで一気に何か安心したんですよね。

柴山

「安心」がキーワードかもしれないですね。その方とはどうやって出会ったんですか?

丸山さん

僕がラーメンを食べに行って、もうめちゃくちゃ美味しかったんです

もともと僕のことをYouTubeを見て知ってくれていて、すぐに箕輪家にも食べに来てくれて、それで話した感じですね。

柴山

発信していてよかったですね…!

丸山さん

本当にそうなんです。僕の発信を見て、めちゃくちゃ応援してくれる人も出てきて本当にずっと恵まれている環境ですね。

柴山

安心感を得て、それまでとどこが変わったと思いますか?

丸山さん

自信がめっちゃあふれてきて、「あ、このまま続けよう」って思えて

そこからは余裕を持てるようになって、仲間にも自分が見つけた目標を伝えて、ここに進もうよみたいなことが言えるようになって。その結果として今、みんなで一緒に進めてる感じがするんで。

柴山

そのとき描いた目標とか、行きたい場所というのは?

丸山さん

まず目の前のお客さんを幸せにすること、プラス、自分たちのラーメンを出そうと

その結果、幸せになろうみたいな、元気になろうみたいな感じです。

柴山

もっとめっちゃ売上出して、店舗増やして海外展開して…とか出てくるのかと思ったら、ものすごく地に足がついた言葉だったので、ちょっとびっくりしました。

照れ笑いする丸ちゃんの瞳がキレイすぎる…!

柴山

長く続けてくれているメンバーというと、かいりさんとパワーさんですか?

丸山さん

かいりは、オープンして半年後ぐらいから。パワーは、二郎系のまるじろうを始めたときになので、1年ちょっと前とかですね。

柴山

とすると、2人ともまだ丸山さんがあんまり周りの人とちゃんと接していられなかった時期から続けてくれているんですね。なぜだと思いますか?

丸山さん

これはちょっと難しくてわからないですけど、やっぱり、前に言われたんですけど、丸ちゃんのために頑張ってるんじゃなくて、箕輪家のお客さんや関わる人がいい人だからやりたい」と。

これは、めちゃくちゃ嬉しかったですね。

柴山

2人は、どういうきっかけで箕輪家ではたらくことになったんですか?

丸山さん

SNSですね、全部。

柴山

発信することって、苦ではないんですか? 何を発信したらいいかわからない、という声もよく聞きますが。

丸山さん

苦じゃないですね。そもそも(幻冬舎の)箕輪さんの鞄持ちをやっているとき、箕輪さんが息を吸って吐くようにSNS投稿しているのを隣で見ていたので。それが自分のなかでも日常になったというか。

柴山

2人とも、四苦八苦というか、不器用ながらがんばっている丸山さんの発信を見て来てくれたんですもんね。

お話を聞いていて、百点満点とか完璧とか、めっちゃすごいみたいなことが正解じゃないんだなって感じました。

丸山さん

あ、確かに。まあ、嘘がつけない体質というか性格で、自分はもう丸出ししかできないんで。箕輪さんも丸出して、表裏関係ないんですよね。自分の性格に合っているんですよ、このやり方が。

赤字300万円のフェスを“祭り”に変えた

柴山

箕輪家はラーメン屋さんのなかでも変わっているなと思うのが、「箕輪家ファミリー」というコミュニティがあることだと思うんですけど、どういう人が入ってくれているんですか?

丸山さん

本当に応援してくれている方々ですね、みんな。コミュニティといっても、僕は今、何も動いてないですから。それにもかかわらず、食べに来てくれる。

柴山

最初に中野でラーメンフェスをやろうとなったのは、どういう流れだったんですか?

丸山さん

箕輪家としてラーメンフェスに出店することがあって、あまりラーメン屋が大事にされていないなと感じることが何度かあったんです。

来てくれているお客さんを幸せにできているのかといったら、できていない。ラーメン屋もきつい思いをして出ている。これはダメな循環だなって、ずっと悔しい思いをしていました。

たまたまXで、「中野でラーメンフェスをやりたいです」とつぶやいたら、めちゃくちゃいい反応があって。これは求められているなと思って。

柴山

去年、今年と2年連続で中野でのラーメンフェスが開催されましたが、1回目はどうでした?

丸山さん

1回目は300万の赤字です。厳しかったですね。

でも、利益だけで見ると失敗なんですけど、お客さんと関わった人たちは、めちゃくちゃ最高だったと言ってくれて。平均杯数500杯ぐらいでした。

柴山

1回目のフェスに私も行ったんですよ。会場にはたくさんの人が並んでいて、楽しそうで、すごいなーと思いました。そして、今年2回目が行われましたよね。

丸山さん

正直なところ、2回目はやらないで終わろうと思ったんですよ。やっぱり、箕輪家が相当疲弊したし、はたらいている人たちも本当にきつかったし、申し訳ないことをしたなと。赤字だったし。

でも、関わってくれたファミリーが、「え? 来年やらないの? 俺はこのために1年生きてるんだから、やってくれ」と言ってくれて。そのときに、地元である大阪河内のだんじり祭りが浮かんできて。だんじり祭りって、年に1回みんながもう本気でやるんですよ。

あ、俺たちはフェスじゃなくて、祭りなんだと思ったんです。

「フェスじゃなくて祭りや!」

柴山

年に1回のお祭りのために1年はたらいているって言いますよね。やってみて、どうでしたか? 1年目と2年目で全然違いました?

丸山さん

前回までは、中野のラーメン屋さんだけでやっていたんですけど、2回目は中野以外の有名店や、ミシュランを取ったようなところが来てくれて。期間も7日間開催できました。

今回は7日間で3万杯売れたんで、1店舗あたり1日平均杯数700杯は超えました。関東のラーメンフェスで平均700杯っていうのは、あんまりないんですよね。

そして、損益はギリギリの10万黒字でした。まじでギリギリです!!

柴山

素晴らしい!

丸山さん

でも、ファミリーみんなが手伝ってくれて、人件費をカウントできていないんで。それでも、やっぱり今回は得たものは大きかったですね。本当に好評だったし、お客さんも含めて、今回は、ラーメン屋さんがほかのラーメン屋さんに、このフェスに出店してよかったと、めちゃくちゃ言ってくれて

それはやっぱり、運営が本当にラーメン屋さんと一緒に汗をかいたからだと思います。出店の準備とかいろいろあるんですけど、それを運営が手伝うんです。聞かれることにも全部答えたり、アフターケアまでやって。

当日来てくれるお客さんを幸せにしよう、ということだけを目指してやり抜いて、本当にたくさんのお客さんが来てくれました。

はたらくとは、「自分の人生を表現すること」

柴山

先ほど、はたらくみんなの原動力は、箕輪家に来てくれるお客さまと関わる人たちと聞きました。なぜ、箕輪家にはそんなにいい方々が集まってくれるんでしょうね?

丸山さん

それこそ、箕輪家の魅力っすね。もちろん、ラーメンをつくることが一番大事なんですけど、ラーメンだけじゃない何かをつくっているんですよね。ほかにないラーメンで、ラーメン業界を楽しくするみたいな。

やっぱり、そういうのをお客さんたちは求めてるんじゃないかなって。

柴山

今の丸山さんにとって、はたらくってどういう感じですか?

丸山さん

自分の表現というか、自分の人生の表現ですかね

お金を稼ぐためにやってないし、自分の生き様でどれだけの影響力でお客さんを増やせるか、かつ、僕と一緒にやってくれる人が増えれば増えるほど、やっぱりデカくなるので。

「はたらくとは、自分の人生を表現すること」

柴山

はたらく楽しさみたいなものは、ずっとあるんですか?

丸山さん

めちゃくちゃ楽しいですね

お客さんが目の前で自分がつくったもの食べてくれて、Xにあげてくれたり感想を言ってもらえたり、それでまた来てもらえることがやっぱり嬉しいですね。

柴山

今いる従業員さんに、どんな風にはたらいてほしいとか、どんな風になってほしいとか、思ったりしていますか?

丸山さん

コアメンバー2人には、ただの社員じゃなくてしっかり株を渡してあげて、幹部になって報われてほしいと思ってます。ここで、同じように同じ時間はたらいて、ただ搾取だけしたくないんですよ。

そうすることで、僕たちがやってきたことは間違いなかったというのを示したいなと思って。

柴山

相手にこうなってほしいよりも、自分が相手にこうしたい、ということなんですね…! すごいなぁ。

丸山さん

一時期、やっぱりフェス前とかは、めちゃくちゃストレスとかプレッシャーがあって、もうなりふり構わずというか、アドレナリンが出るというか。それは、ビビっていることや不安の裏返しだったりするんですよね。

やっぱり、ちゃんと地に足つけて、守らなきゃいけないものを守るために、もっと攻めないとダメだなと思って。

柴山

家族やプライベートの時間も取れていますか?

丸山さん

取れてますね、ちゃんと。日曜に休ませてもらったりとか。

逆に僕がいないほうがみんなが成長するんですよね。そこで責任を持った人が成長するし、それを見ている子たちも成長するし。

お客さんも、僕をめがけて来るよりかは、今はたらいている子たちに向けて来てもらったほうが僕も動きやすいし。

柴山

なんだか幸せそうです!

丸山さん

そうですね。でも、ずっと渇望してますね

楽しいとは思いますけど、せっかく今、これだけ物語あって、いろんな人がいるのに、まだここまでしかできていないいうのが悔しいんです。

お金もみんなまだまだもらえてないし、幸せになりきれていないんですよ。それを幸せにするために、やっぱり自分が一手打たなきゃダメなんで。

柴山

やっぱり、金銭的なところでもちゃんと報いたいと。

丸山さん

それは、めちゃくちゃありますね。ラーメン業界は、まだまだ賃金が安い。長時間労働で低賃金というのが一番ダメなので。

僕たちが面白いことをして、かっこいいラーメン屋さんだよねと言われることで、笑顔を増やしていく。そういう自分たちになりたいですね。

それを日本から世界へも届けられたら。絶対届けられるんで

丸山さんは現在、「熟成豚骨」という箕輪家らしいラーメンを完成させ、来年は川崎でのラーメン祭りを開催予定、さらにはアブダビへの海外展開も視野に入れています。

修行ゼロ、知識ゼロから始めた3年間。 丸山さんがつかんだ「安心」は、経営者にとってのWell-beingに欠かせないものでした。 そして今、その安心を仲間にも届けるために、丸山さんは走り続けています。

「僕が幸せにならないと、はたらく人たちも幸せになれないので。」

<取材・文=柴山 由香、写真=池田 実加(株式会社LA BOUSSOLE)>

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