企業インタビュー
自分の力を発揮できるのはどんな局面? 得意×フェーズで実現する “はたらくWell-being”
連載「“はたらくWell-being”を考えよう」
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。
現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。
そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。

「自分らしいはたらき方をするには、得意なことを見つけるだけでなく、得意なフェーズに身を置くことが大切だと思います」
そう話すのは、株式会社モロの代表取締役・前田洋平さんです。エンジニアとして大手IT企業に入社後、株式会社ビズリーチ(現・ビジョナル株式会社)に転職しました。数々の新規事業の立ち上げに携わり、2017年に事業承継M&Aプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」を創設。2022年に退社後、約1年間の旅を経て起業しました。さまざまな経験から「得意なフェーズ」を見つけ、起業を選んだ前田さんに、“はたらくWell-being”を実現するヒントについて聞きました。
岐阜県生まれ。ニューヨーク州立大学芸術学部を卒業し、大手IT企業に入社。2011年、株式会社ビズリーチ(現・ビジョナル株式会社)に転職。新事業、海外事業の立ち上げに携わる。2017年に事業承継M&Aプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」を創設。2020年8月より事業承継M&A事業部長。2022年に退社後、約1年間の海外放浪を経て株式会社モロを設立
エンジニアの新しいはたらき方の創出に挑む会社


飯室
はじめに、前田さんのお仕事について教えてください。

前田さん
「エンジニアリングの力でより良い未来を創造する」をパーパスに掲げて、ITエンジニアの人材紹介やコンサルティングを行っています。
なかでも注力しているのが、エンジニアのはたらき方の選択肢を広げる事業「Legacy Force」(レガシーフォース)です。

飯室
Legacy Forceは、どのような事業ですか?

前田さん
シニアエンジニアに特化したフリーランスマッチングサービスです。
国内ではIT人材が不足しており、「即戦力のエンジニアを採用するのが難しい」との声をあちこちで聞きました。そんな状況なのに、企業に採用されるエンジニアは40歳までが多いんですよ。

飯室
40歳以上でも、優秀なエンジニアはいますよね…?

前田さん
もちろん、たくさんいます。年齢を理由に、採用の門戸を狭めてしまっているんですよね。Legacy Forceは、40〜60代のエンジニアを仕事につなげる場です。
さらに、この年齢層のエンジニアが解決のカギを握っている社会課題があって。「2025年の崖」です。

飯室
「2025年の崖」。聞いたことがあるような気がします。

前田さん
日本は20〜30年前につくられた古い基幹システムを使っている企業が多いんです。そのうえ、事業部門ごとにカスタマイズされていたり。古くなってしまった技術や仕組みで構築されたレガシーシステムになっていると、シニアのエンジニアが退職したら壊れても直せないし、新しいシステムを構築することもできない。
それにともない、2025年以降に年間最大12兆円の損失が生じるのではと予測されたのが「2025年の崖」です。2018年、経済産業省が「DXレポート」で提言しました。

飯室
めちゃくちゃ大きな社会課題じゃないですか!

前田さん
その課題を解決する糸口になるのが、シニアのエンジニアなんです。
その方たちが長年にわたって蓄積してきた知識や技術、経験には継承すべき価値がある。Legacy Forceには、その価値を企業のプロジェクトに活かし、次の世代へ受け継いでいくというコンセプトが込められています。

飯室
前田さんは、いつこの社会課題を知ったんですか?

前田さん
解決しようと動き始めたのは起業してからですが、「2025年の崖」の概念はビズリーチではたらいていたころに知っていました。

飯室
株式会社ビズリーチでは、どんな仕事を?

前田さん
入社後すぐは、法人営業を担当しました。同時に、エンジニアだった経験を活かして営業管理システムをつくったんです。ほかにもマーケティング、新規事業の立ち上げなどに携わった後、転職サービスのアジア版を構築するという、今までの知識を総動員するような事業に着任しました。

飯室
責任重大ですね。

前田さん
でも、とても楽しかったです(笑)。
それまでの事業立ち上げは、上司の指示のもと一生懸命はたらいていました。海外で新しいサービスを軌道に乗せるのは、変動する場面ばかり。カオスでしたが、自分で一から積み上げていく経験は得難いものでしたね。
帰国後は、事業承継やM&Aをオンライン上でマッチングするプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」を立ち上げ、後継者不足を解決する仕組みづくりに尽力しました。
「経営者は楽しい」と伝えてくれた2人の背中を追いかける


飯室
裁量を持ち、やりがいを感じながらはたらいていたのに、どうして起業したんですか?

前田さん
起業する道を選んだのは、父と、当時ビズリーチの社長だった南さんの影響を受けたからですね。

飯室
影響を受けたうちの1人が、お父様。

前田さん
僕が9歳のころに父が起業し、事務所を選ぶときから一緒に連れていってもらいました。父がここだと決めた部屋に机や電話が運ばれ、「会社」ができていくステップを体感できたのは、今振り返っても貴重だったなと思います。
その過程もワクワクしましたし、父が「生まれ変わっても今の仕事をしたい。そう思うぐらい楽しい」と、よく話していたんです。

飯室
前田さんが仕事をするうえでの原点になったんですね。

前田さん
そうですね。父の会社を継ぐかどうかはわからない。でも、経営者にはなりたいなと思っていました。

飯室
小学生でそう思っていたなんて早い!

前田さん
早かった分、大学生で迷いが出てきたんです(笑)。
父の事業に関連する学部に進学したものの、父は自分で選んだ事業を起こしたから、楽しいと言えたんじゃないだろうか。もしそうだとしたら、父の会社を継ぐのではなく、自分が興味のある分野で経営者になるのが本筋なんじゃないか、と。

飯室
大学卒業後は、IT企業に入社しましたよね。興味を持ったのはITだったんですか?

前田さん
うーん、ちょっと違って。自分が興味のあることを深掘りした結果、「何かをつくりたい」という思いがあるとわかったんです。
その方法として選んだのが、よく撮っていた写真。学ぶならその分野の一番手が集まる場所に行こうと考えて、ニューヨークに留学しました。
その期間に、僕は構造について考察し、理にかなった状況で美しさを表現するのが好きなんだと自覚しました。

飯室
そこから、ITに目を向けるようになった…?

前田さん
このまま写真家を目指すべきだろうか? と悩んでいたとき、日本の大手IT企業のエンジニアと知り合って。その人の話を聞いて、考察と創造力が必要とされるのはIT業界も同じだと思い、エンジニアになりました。

飯室
そんな経緯があったんですね。

前田さん
入社するまではよかったんです(笑)。でも、周りにいたエンジニアは、幼いころから学びと実践を積み重ねてきた人が多くて。僕は、この人たちにはかなわないと実感しましたね。
そして、いつか経営者になりたいなら、もっと自分の強みを伸ばす経験を積んだほうがいいと思い、転職を考え始めました。

飯室
その後、株式会社ビズリーチ(現・ビジョナル株式会社)に転職したのは、強みを伸ばせると思ったから?

前田さん
結果として強みを伸ばしましたが、転職を決めたときはそこまでは確信していなかったですね。
転職の決め手は、当時まだ社員が10名に満たなかったものの、会社の雰囲気とそこにいた人たちが魅力的だったんです。世の中にとって価値のあることをつくり出していく熱気と、プロ意識の高さが感じられて。その感覚は大当たりで、仲間と一緒に新しい事業を立ち上げていく幸せを知りました。

飯室
新事業を立ち上げるのが幸せ。

前田さん
人はそれぞれ、能力や得意なこと、好きなものが違いますよね。それらがうまく噛み合いながら、みんなで目標を達成していくのがとても面白かった。
それから、僕は写真で作品をつくるとき、コンセプトを決めてから取り組むのが好きだったんです。これって、新しい事業を立ち上げるのと似ているんですよ。

飯室
作品づくりと、新規事業の立ち上げが似ている?

前田さん
はい。どちらもまずコンセプトがあって、そこからどうやって形にするかを考え、世の中に出します。僕にとって、ビジネスもクリエイティブの1つなんです。

飯室
うわぁ、面白い視点ですね。視点といえば、南社長からはどんな影響を受けたんですか?

前田さん
「自分が解決したい社会課題は、何なのか」。
社会課題を解決するのが経営者の重要な仕事であり、それが適切であるほどいいビジネスになる。そんなビジネスを考えるのが経営者の一丁目一番地だ、とよく聞きました。起業した今も、僕のベースになっていますね。
起業して経験した幸せと仕事の難しさとは?


飯室
お父様と南社長の影響を受け、今度は自分が旗を掲げる側になりましたね。

前田さん
父が起業したときの年齢は39歳。自分がその年齢に近づくにつれ、そろそろ起業に挑戦しないと、体力的にも精神的にも難しくなってくるんじゃないかと思って。

飯室
起業するタイミングがきた?

前田さん
はい。いろんな経験をさせてもらって、僕の適職は、新しい事業をつくっていくフェーズにあるなと思ったんです。

飯室
得意なフェーズもわかったから、次のステージに行くぞ、と。

前田さん
とはいえ、何の事業に携わったらいいかわからず、セカンドステージを始める前に海外をぐるぐる回りました(笑)。

飯室
海外に行って、何か変わりましたか?

前田さん
アメリカ西海岸のモロベイに立ち寄ったときに、会社名を決めました。

飯室
えっ。その場所が会社名の由来?

前田さん
海のなかに小山があって、その場所が「モロ」って呼ばれていたんです。スペイン語で「次の目的地」という意味で、なんか僕みたいだなって。
何をするかわからないけれど、次の目的地があるのは間違いない。あと、起業した会社が、一緒にはたらく仲間が集う「目的地」になったらいいなと思って。
アメリカ西海岸のモロベイのシンボルである、巨大な火山岩「モロロック」

飯室
会社名の次に決めたのは事業内容?

前田さん
そうですね。何の事業をするか迷っている間、人材やキャリアに関連した仕事の依頼をいただいていたんです。僕は、その分野に必要としてもらえるんだなと気がつきました。
あと、IT開発に携わる人材がいないと聞いて。IT事業会社にいたし、少しだったけれどエンジニアもやっていたし、この領域で起業しようと決めました。

飯室
企業の事業責任者と経営者、ここが違うなと思ったところは?

前田さん
コストにシビアになりました(笑)。少額であろうとも、事業に直結すると痛感しています。
それから、採用には大きな責任がともなうこと。給与を保証しなければいけないし、当たり前ですが、ずっと同じ額でいいわけがない。そのためにも事業を拡大していく必要があります。そして、人がいないと事業が大きくならないことも腑に落ちました。

飯室
事業に参画しているメンバーは?

前田さん
シニアエンジニアと、20〜30代のエンジニアが出合う場になっているのがとても面白いです。シニアエンジニアは親世代だったりするんですけど、お互い技術が好きなんですよ。シニアの人たちはAIの話も教えてもらえるのが楽しいと言っているし、20〜30代は、ブラックボックス化したレガシーシステムの話が興味深いって。
その出合いから、新事業の方向性も見えてきました。実現するまではカオスだけれど、楽しいですね。

飯室
カオスが楽しい…

前田さん
すでに整った仕組みのなかで仕事をするよりも、わちゃわちゃとした未開の分野をみんなで切り拓いていったり、つくっていったりするほうが楽しいし、得意なんです。ビズリーチで海外事業の責任者だったときも、「エンジョイカオス」って言いながら仕事をしていました(笑)。
得意なフェーズで仕事をすることが“はたらくWell-being”につながる


飯室
“はたらくWell-being”は、どうやったら実現できると思いますか?

前田さん
30歳ぐらいになると、自分は何が得意で、どういう環境だと力を発揮しやすいかがわかってくるように思います。僕の場合、エンジニアには向いていなかったけれど、新規事業の立ち上げは適職だったし、チームで仕事をする環境が心地よかったですね。
なので、まずいろんな体験をする。そこから自分の得意なことを見つけて、得意なフェーズに身を置く。それが“はたらくWell-being”を実現しやすくなるポイントではないでしょうか。

飯室
最後に、前田さんが今後やりたいことを教えてください。

前田さん
シニアエンジニアの仕事を創出しながら、シニアエンジニアと若いエンジニアでチームを組み、独自のテクノロジーを開発したいと思っています。
レガシーを次の力に変え、社会課題を解決する組織をつくりたいですね。
<取材=飯室 佐世子(声音)・文=村上 いろは>
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