そもそも怒れるものを探して生きてない?
「怒りとユーモアの根っこには、同じ才能がある」岸田奈美が一家離散の37日間を日記で届けた理由
新R25編集部
「人生はひとりで抱え込めば悲劇だが、人に語って笑わせれば喜劇だ」
そう宣言し、作家・岸田奈美さんが2021年3月10日〜4月15日までの37日間noteで更新し続けた『もうあかんわ日記』。
お母さんが生死をさまよう大手術で入院するなか、おばあちゃんの物忘れが悪化し、障害のある弟さんと怒鳴ったり泣いたりの喧嘩の毎日。
「戦略的一家離散」のため祖母の介護認定と弟のグループホームの手続きをしていると、今度は祖父が亡くなり通夜・葬儀・墓じまい・相続の手続き…
「このままだったら、もうあかんわ」。これ以上ひとりで抱え込まないようにと更新をはじめた『もうあかんわ日記』はSNSで絶大な反響を呼び、書籍化のオファーが殺到。
連載終了の1カ月半後には書籍として発売され、岸田さんの悲劇はユーモアたっぷりの喜劇に姿を変えて多くの人に届きました。
苦しさをひとりで抱え込んで、どう向き合ったらいいかわからない。
そんなとき、悲劇を喜劇に変える“喜劇力”。岸田さんにお聞きします。
〈聞き手=サノトモキ〉
【岸田奈美(きしだ・なみ)】1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年にわたり広報部長を務めたのち、作家として独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30Asia 2021」選出。2020年9月『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、2021年5月『もうあかんわ日記』(ライツ社)を発売
「悲劇は、“第三者”に話すと少しだけ喜劇に変えられる」悲劇を綴りはじめたきっかけとは
サノ
岸田さんは、『もうあかんわ日記』で自身の悲劇をユーモアたっぷりの喜劇に変えてしまいましたが…多くの人は、あんなふうに前向きに捉えられない気がしていて。
今日はその秘訣を教えていただきたいです。
岸田さん
いやいや!私も全然前向きになんてなれませんでしたよ。
タイトル通り、完全に「もうあかんわ」だった。
そもそも『もうあかんわ日記』も、私が自分で始めたものではないので。
岸田さん
母の手術が決まって、家族の状態もぐちゃぐちゃになってたとき、もう仕事のことなんて何も手につかなくて。
いつもお世話になっている編集者の佐渡島庸平(株式会社コルク)さんと毎週作品の方向性を話す会議があるんですけど…
そこでも「すみません、正直作品のこととか考えられないんで、打ち合わせ今度にしてください」とお願いしたんです。
サノ
そっか…そりゃそうなりますよね。
岸田さん
そのとき、「岸田さん、そういうときこそ喋ろう」と返されたんです。
「不安な気持ちで手術を待ってる1時間はとてつもなく長いけど、誰かと喋ってたら1時間なんてあっという間に過ぎちゃうから、俺と雑談しよう」と。
そうしたら、案外ポツポツ言葉にしていけたんですね。「悲劇、こんなに重なります?」って。笑いごとじゃないんですけど、ほんの少し笑えるような感覚が芽生えて。
岸田さん
そこからコルクのみなさんが、仕事のやりとりをするためのメッセンジャーを“私がその日あったことを書き散らす場”にしてくれたんです。
既読がついて、スタンプや返信をくれて…誰かに聞いてもらえるって本当にありがたくて。
そんなことを続けさせてもらうなかで私は、「悲劇は、“第三者”に話すと少しだけ喜劇に変えられる」と気づいたんですよ。
サノ
第三者?
岸田さん
実家にいるのは、障害のある弟と認知症の疑いがあるおばあちゃん。ここには私の悲劇を笑ってくれる人はひとりもいない。
現在進行形で悲劇を共有している“当事者”同士で笑おうと無理に頑張ると、自分もまわりもどんどん苦しくなっていくんですよね。
よく介護のパンフレットの表紙などで、祖父母に優しく笑って語りかけている写真がありますけど、少なくとも私には無理でした。
岸田さん
ただ、あるとき佐渡島さんに「大変なときにこんなこと言ったらあれだけど、岸田さんの話は面白くて先が気になる」と言われたとき、悲劇を喜劇に変えるためのユーモアは、“第三者”となら共有できると気づいたんですよね。
人に話すことで私自身も理不尽な日々をユーモアに変換できたし、この日常を笑い飛ばしてもらえることで私も少し救われる。
そんな気づきのなかで始めたのが『もうあかんわ日記』だったんですよね。
悲劇のなかでは、「怒り」とどう向き合うかがユーモアのはじまり
サノ
でも、「しんどい気持ちをユーモアに変換する」って具体的にどうやればいいんでしょうか。
岸田さん
自分のなかの「怒り」とどう向き合うか。ここが悲劇を喜劇に変えるスタートラインだと思います。
「怒り」と「ユーモア」って、根っこは同じなので。
岸田さん
「怒り」も「ユーモア」も、根っこは“日常のなかでちょっとした違和感を見つける才能”なんですよね。
その違和感を、悪いほうに見るかいいほうに見るかだけの違いなんです。
サノ
ああ…芸人さんとかもそうかもしれないですね。ちょっとした違和感を、笑いに変える。
岸田さん
ただ厄介なのが…「ユーモア」より「怒り」のほうが圧倒的に簡単で、そして気持ちいいんですよ。
岸田さん
私自身もともとは、「人の嫌なところから目についちゃうタイプ」なんです。
家族に障害があるということもあって、店員さんとかに対して「なんか対応悪いな」とかイライラしてしまうことも多くて。
「怒る」って、気持ちいいんですよ。「お前はダメだ、こいつはダメだ」と一方的に言い放つのって、めっちゃ気持ちいい。
サノ
…わかる気がします。
岸田さん
だからみんなやりたくなってしまうし、正直私もやりたい。
でも、怒る気持ちよさに溺れてしまうと「怒る理由」を探しはじめちゃうんですよ。自分からどんどん、悲劇を探して暮らすようになっちゃう。
本当に怒ってるならいいんですけど…「そもそも“怒れるもの”を探して生きてない?」って。少なくとも私は、そうなってしまった時期があって。
「怒りたいだけになってしまっていました」
岸田さん
ちょうどそれを気にして悩んでいたとき、糸井重里さんに「このままだと、怒りとか悲しみを晒しつづけるだけの人間になっちゃうよ」と言われて。
ああ、そうだよなと。
サノ
ストレートなお言葉…!
そこから、岸田さんはどうやって違和感を「怒り」じゃなく「ユーモア」に変換できるようになったんですか?
岸田さん
作家・向田邦子さんの作品を参考にしました。
彼女が書く作品って、「人々のどうしようもなさ」の部分に焦点を当てているものが多いんです。登場人物、男も女もどうしようもない人ばっかりで、やっちゃダメなことばっかりやってる。
でもそんなどうしようもない人間たちを、「かわいい」と思わせてくれるのが向田さんの目線なんですよ。この「かわいい」に大きなヒントをもらいました。
向田邦子(むこうだ・くにこ)さんは、1929年~1981年没のテレビドラマ脚本家・小説家。第83回直木賞を受賞
岸田さん
怒りが湧いても、「かわいい」を探すクセがつくと“想像力と余裕”が生まれるんです。
「もしかしたらこういう事情があったのかも」と別の一面を想像できるようになって、その余裕から「ユーモア」が生まれていく。
ダメすぎる日々のなかにも、どこか「かわいい」と愛せるところは絶対にあると決めて暮らしてみると、人を嫌いになることがめっちゃ減ったんですよね。
サノ
違和感を「かわいい」というフィルターで捉えるように変えたとたん…!
岸田さん
それ以来、どんなときでも「かわいい」という目線を大切にするようになりました。
もちろん「かわいい」以外にもあると思うんですけど、違和感を「怒り」以外に変換する“アンプ”を見つけられると人生少し幸せになるなって私は思います。
悲劇のなかでやらないほうがいいふたつのこと。「ひとりにならない」「でも、人に期待しない」
サノ
反対に、悲劇を喜劇に変えるために「これだけはやっちゃダメ」ということはあるのでしょうか?
岸田さん
まず、「ひとりにならないこと」。
みんな落ち込むと「ひとりになる決断」をしたがるんですよ。会社を辞めるとか、人間関係を切るとか。
岸田さん
私もそうでした。会社員時代、しんどくなって「もう誰とも関わりたくない」と、衝動的に仕事を辞めてひとりになりたいと考えてしまったんですけど…
当時お世話になったカウンセリングの先生に、メンタルがダウンしたときに一番やっちゃいけないことは「決断すること」と「人間関係を切ること」だって言われたんですね。
サノ
それをやりたくなる気持ちも、やるべきじゃないのもよくわかります…
岸田さん
もっと孤独になって、さらに他人と自分を比較して落ちていく負の連鎖に陥ったりしますからね。
だから『もうあかんわ日記』にも通じますけど、“第三者”に打ち明けるというのは意識的にやったほうがいいと思います。
岸田さん
ただそのときに気をつけなきゃいけないのが、「他人に期待しないこと」。
サノ
「ひとりになるのもダメ」だけど、「他人に期待するのもダメ」ってどういうこと…?
岸田さん
自分の悲劇を他人に共有するときって、つい「聞いてもらう」以上のことを期待してしまうんですよ。
こういう言葉をかけてほしいとか、願わくは助けてほしいとか。
わかりすぎる
岸田さん
でも、「自分の期待通りのリアクションをしてくれる人」なんてあんまりいないじゃないですか。
そこで一方的に期待を押し付けると、だいたい苦しい結末が待っているんですよね。
サノ
なるほど。
岸田さん
『もうあかんわ日記』も、ただ話を聞いてほしかっただけ。
それ以上は何も期待してないし、求めてないんです。「誰か大変な私に手を差し伸べて」とか、見返りなんて一切期待してない。
人に悲劇を共有するとき、ゴール設定に「期待」が混じっていないかを確かめることはすごく大事にしています。
おわりに。「喜劇に変えることが唯一の正解ではない」
岸田さん
最後に…決して悲劇を「喜劇にすること」が唯一の正解ではないということもお話しさせてください。
サノ
といいますと…?
岸田さん
人生、「悲劇のなかにいること」に救われている瞬間もあるんですよ。きっと。
岸田さん
誰かに罪悪感を感じているときとか、大きな後悔をしているときとか…
自分を許せなくて、「まだ贖罪の時間を過ごしていたい」という思いが自分の本心という場合もある。
救いも、救われるべきタイミングも、人それぞれでいい。「悲劇との距離感」は、人それぞれ見つけていけばいいんです。
サノ
ああ…
岸田さん
要は、「どうすれば悲劇のなかにいる自分を愛せるようになるか」は人それぞれという話です。
私、「自己肯定感=自分を愛する力」って、世の中のすべての物事との“愛せる距離”を発見していくことで育めるものだと思っているんです。
愛せる距離?
岸田さん
たとえば、「家族との距離」。
今の私にとっては、家族と離れることが一番彼らを“愛せる距離”なんですよね。弟も祖母も施設の手続きを進めていますし、お母さんにも1人になれる部屋を家とは別に借りて週に数回は別々に暮らしてる。
「親と離れるのは親不孝だ」という意見もあると思うけど、それはもう“私が愛せる距離感”でいいんですよ。
サノ
なるほど。
岸田さん
それと同じで、あくまで今の岸田奈美という人間にとっては「喜劇にすること」が“悲劇を愛せる距離”だったというだけ。
いろいろ正解を押し付けあっちゃう世の中だけど…
だからこそ、自分だけの「悲劇を愛せる距離感」を探していってほしいなと思います!
「もうダメだ」。そう思ってしまう瞬間、目の前の悲劇とどう向き合うか。
自身の体験からたくさんのヒントをくれつつも、最後には「自分だけの“愛せる距離感”」を探してほしいと念を押してくれた岸田さん。
しんどくて立ち止まってしまったとき、筆者もまた岸田さんの言葉を読み返そうと思います。
〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
岸田さんの『もうあかんわ日記』が絶賛発売中!
父は他界、弟はダウン症、車いすユーザーの母はコロナ禍に生死をさまよう大手術。間におじいちゃんの葬式が挟まって、ついにはおばあちゃんにも異変が…すべてのタスクを託された長女・岸田さんに次々とおそいかかる「もうあかんわ」なラインナップ。
「人生は、ひとりで抱え込めば悲劇だが、人に語って笑わせれば喜劇だ」
3月10日から4月15日までnoteにつづられた、泣けて笑える祈りの日々。読後拍手喝采のエッセイ、ぜひチェックしてみてください!
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