ビジネスパーソンインタビュー
バーでの人間観察が、ネタに生きる
日本一発信力が強いバーテンダー!?「bar bossa」林伸次の“届けたい人を選ぶ”発信術
新R25編集部
渋谷駅から徒歩10分ほど。センター街を抜けた先の、ひっそりとしたビルの一角に、「bar bossa」というワインバーがあります。
めちゃくちゃわかりにくい場所にあるんですが、店の名前を聞いたことがある、という人は多いでしょう。
なぜならこの店のマスターは、「日本で一番発信力が強いバーテンダー」との呼び声高い、林伸次さんだからです。Webメディアなどに執筆するコラムや“恋愛相談”がたびたび話題になる林さんに、「発信によって活躍の場を広げる」術を聞きました。
〈聞き手:天野俊吉(新R25編集部)〉
【林伸次(はやし・しんじ】1969年生まれ。渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。中古レコード店、ショットバーなどで勤務ののち、1997年に「bar bossa」をオープン。著書に『ワイングラスのむこう側』(KADOKAWA)など
天野
林さんは『cakes』でコラム「ワイングラスのむこう側」を連載したり、note(ブログ型プラットフォーム)にも記事をたくさん書かれたりしていますよね。そもそも最初に、ネット上で“発信”をしようと思ったきっかけはなんですか?
林さん
端的にいえば、最初は「売上ダウンをどうにかする苦肉の策」だったんです。1997年からお店をやってましたが、2009年にリーマンショックがあって、まず雑誌業界や音楽業界の人が来なくなった。
で、2011年に大震災があって、「都心で飲まずに家の近くで飲む」っていう風潮が広がったんです。「渋谷で朝まで」みたいなことをする人が減って。それで売上が激減したんです。
天野
たしかに、「帰宅難民」がトラウマ…という人は多かったですよね。
林さん
そう。ちょうどそれぐらいのタイミングで、お店の「Facebookページ」が作れるようになったんですよ。それをお客さんに「やれば」って言われて。
Facebookって好きじゃなかったんですけどね(笑)。昔の知り合いとかに「いいね」しなきゃいけないのがめんどくさくて。まあお店のページを持つだけなら「いいね」しなくていいから…と。
音楽ライターの経験もあったんで、コラムのような文章を書き始めたんです。
求められるものにアジャストする…「みんな、お金と恋愛のことしか読みたくないんだ」
天野
それで、どういうことを書き始めたんですか?
林さん
最初はボサノヴァ音楽のこととか、ワインのこととか…。でも全然「いいね」がつかなくて(笑)。
林さん
どうしようかなと悩んで、ある日、今まで書いてたオシャレなことじゃなくて、普段考えてる、ちょっと下世話なことを書いたんですよ。お金や経営のことですね。
「飲食店出すのに資格がいると思ってる人が多いけど、実は日本で飲食店を出すのはすごく簡単。バーは300万円あれば出せるし、年収1000万円になるのも簡単だ」みたいな。これが、すっごいシェアされたんですよ
天野
へえー!
林さん
それから、「恋愛のこと」。たとえば不倫の話とかね(笑)。これもすっごい「いいね」がついて。
「結局、みんなお金と恋愛のことしか読みたくないんだ」って分かったんです。それでだんだんコツがわかってきて。
天野
そういうものかもしれないですね…(笑)。恋愛ネタで「手応えあった!」っていう文章はどんな内容だったんですか?
林さん
「バーで“不倫の客”を断ると、客が4割減る」とか。これ本当ですよ(笑)。
それはつまり、バーの客の4割は不倫カップルということになるんですけど…
林さん
あとは、23歳ぐらいの若い女性がおじさんに連れられて飲みにくるじゃないですか。最初は「私もサイトウさんと同じのでいいです…」とか言ってるのに、次お店に来たら「私もシャンパンもらう~」とか“タメ口になってる”。これで「ああ、寝たな」と見抜けるんです!…みたいな話を書いてましたね(笑)。
下世話ってだけじゃなく、“知らない世界の話”なんで面白いんでしょうね。
天野
林さんはそういうネタがお好きなんですか?(笑)
林さん
いやいや、僕、紙の雑誌の時代だったらそんなこと書かなかったですよ。
天野
雑誌では書かない?
林さん
紙はどれだけ読まれてるか分からないから、だったらイメージがいい、上品な音楽のこととか書いてたと思います(笑)。
でも、PVっていう数字で分かるなら、それはやっぱり求められてるものを書きますよ。時代に合わせて、「求められてるのはこっちなんだな」って。
天野
なるほど、その「求められてること」にアジャストする感覚がすばらしいですね…
林さん
でも、編集者の人に会ったら今でも「音楽のこと書かせてよ」「書評書かせてよ」とか言ってるんですけどね。「う~ん」って言われて終わりです(笑)。
独自な視点の「ネタ」は、バーテンダーならではの人間観察から
天野
しかし、文章の“着眼点”が面白いですよね。この前「村上春樹はモテたのかどうか推測する」っていうコラムを書かれてたじゃないですか(笑)。あんなネタ、どうやって思いつくんですか?
林さん
バーテンダーらしく言えば、「人間観察」のおかげですね。仕事ですから、人を見ることがお金に直結してるわけですよ。
天野
おお~、どういう「観察」をしてるんですか?
林さん
たとえば会社員っぽい人グループが来ますよね。飲み方を見てるだけで、どういう会社に勤めてるかが分かります。
景気のいい業界の会社員なら、「領収書切って、会社のお金で飲もう」と。さらに、こき使われてるような会社の人たちだと、「いくらでも使ってやる!」みたいな飲み方するんですよ。もう飲めないのに頼むとかね。
逆に、経費で落とせないから自分の小遣いで来てる…という人は、「次は何にしますか?」とか、すすめると嫌がるんです。
天野
そこから業界が推測できると。探偵みたいっすね…
林さん
こういう目で人を見てると、「次はこのことを書こう…」とネタが浮かんできますね(笑)。
発信して目立つと、嫉妬されることも…。「1人客お断り」が叩かれる対象に
天野
そういった発信って、お店の経営にはどれぐらいプラスになってるんですか?
林さん
プラスどころじゃないですね! さっき言った「Facebookページ」を始めてなかったら、この店つぶれてます。いま来てるお客さんはネットの影響という人が5割以上です。
天野
そんなに!
逆に、お店にデメリットとかもあるんですか?
林さん
すっごい悪口を書かれることですかね(笑)。同業者にも書かれるんですよね…
こんなにステキなお店なのになぜ?
林さん
まあ“調子乗ってる”みたいな嫉妬もあると思いますけど…。一番叩かれる理由は、「一見さんの1人客お断り」っていう姿勢を明確に打ち出してることでしょうね。
天野
それ、気になってました。バーって1人でふらっと行くのもカッコいいというイメージがあるんですけど、なんでダメなんですか?
林さん
たとえば、カウンターで女性2人が飲んでますよね。恋バナとか仕事の話とかして。そこに1人で話しかける男性がいるんですよ。
で、日本人の女性って、「いま2人で話してるんで、話しかけないでください」って絶対言えない。2時間ぐらい「え~、そうなんですね~」とか話を合わせちゃうんですよ。
これまで見てきて、中国人も、韓国人も、アメリカ人も、ブラジル人もちゃんと言います。
林さん
そうすると、男のほうは名刺渡したり、今度食事行こうよ~とか言ったりする。でも、行けるわけないんですよ。常連になってる店だったら、“そんな誘いに乗る女”だって店の人間やほかの常連客に思われちゃいますから。
そんなことがあると、女性客のほうも二度と来なくなっちゃうんです。1人のお客さんって、けっこうダメですよ。
天野
な、なるほど…。そういうふうに見られるんですね。今後、バーでほかの女性客には一切話しかけないようにします…
客を選ぶ「バー」という形態と、ネットを通じて「広く発信する」ことは矛盾しないのか?
天野
これはすごく聞きたかった質問なんですが、林さんは「こういうお客さんは困る」とか、結構書かれてますよね。良いバーが“お客を選ぶ”のは当然だと思いますが、そういうお店の姿勢と、“ネットで全世界にお店のことを発信する”ことって、矛盾しちゃいません?
林さん
最近noteに書いたのが、「どんなお店でも、入るのに入場料を取ったらいいんじゃないか」っていうコラムなんです。
たとえば雑貨屋さんなんかは、商品を買わずに騒ぐだけ騒いで帰っていくような人も多いと。飲食店は何か注文はするから0円ということはないけど、それでも「ノイズ」になるような人もいるんです。入場料を取れば、そういうお客さんを減らせるなって。
天野
やはり、客は選ぶべきだと。
林さん
そうしないとバーってすぐ荒れてしまうんです。
しかし、最初言ったようにお客さんが減った経験もありますからね。「ギリギリのバランスを取る」ことに、とにかく気をつけてますね。
天野
バランスかあ…
林さん
ネット上でも同じです。
「発信してるけど人を選ぶ」みたいなバランス。noteの記事を有料にしはじめたのも、そのひとつなんですよ。
変な読者に届かないように、恋愛やセックスの話は書きつつ、あまりにも刺激的なことは書かないようにもしてるんです。
もう、バーはなくなる…!? だからこそ発信や書くことに力を入れる
天野
少し話は変わりますが、よく「お酒を飲む若い人が減っている」と言われるじゃないですか。それをくつがえすビジョンはありますか?
林さん
僕は、もうバーはなくなると思ってます。
え、え? サラリと言う林さん
林さん
たとえば歌舞伎って、日本人なら当然知ってるけど「観たことはない」って人も多いですよね。
同じように、シェイカー振るようなバーに行く人もどんどん減りますよ。「あのシャカシャカ、映画で見たことあるから知ってる」みたいな。“文化財”的になると思います。
天野
じゃあ、今後はお店はどうされるんですか…?
林さん
だから、書いたり発信したりするほうにも力を入れてるんです。
今後は、お店とライター業の“両輪”になっていくでしょうね。このことはリーマンショックが起きたときぐらいから考えてます。
天野
やっぱり「若者がお酒を飲まない」っていうのは本当なんですか?自分のまわりではみんなそれなりにお酒を飲んでますけど。
林さん
若い人も、立ち飲みとかせんべろみたいなところでは飲んでるかもしれませんけど、「スーツを着て、カッコつけてバーで飲む」ってことはないですよね。
天野
たしかに、日常的にやってるかと言われたら…。そういう文化はなぜなくなったんでしょう?
林さん
僕は、数年前から全世界的に「カジュアル化」が進んでるな…と感じてました。みんなニューバランス履いて、キャップかぶって飲みに行きますよね。
昔は、お店にスニーカーで来たら「今日スニーカーですけど大丈夫ですか?」みたいに聞く人もいましたけど、今スニーカーが普通ですよね。
でもまあ、それでいいんだと思います。
スイマセン、取材陣2人ともスニーカーでした…(普段はサンダルだけど、今日は取材だからスニーカーを履いてきた)
いつでも、「いま面白い人」が集まる店にしたい
天野
最後に、「こんなバーでありたい」という理想像をお伺いしたいんですが…
林さん
「いま面白い人」が来てくれるお店にはしたいですね。昔は雑誌業界であり、最近ならIT業界だったんですけど。
天野
これからはどんな人たちが「面白い」んですかね?
林さん
たまに、東大や慶應大のエリート学生たちが来ることがあって、いろんな話を聞くんです。「どこに就職したいの?」と聞くと、GoogleやFacebookといったIT大企業じゃないらしいんですね。「この5年間何も出てきてないじゃん」と。
で、「ロンドンでそば屋をやりたい」と言う学生もいるんですよ。面白いなと思ってね。たしかに、「イギリス人にそばのすすり方を教える」って、AIにはちょっとできないだろう(笑)。
バーはおしまいだとか言いましたけど、一周まわって飲食業が面白くなるかもしれないです。そういう発見もあるから、“書きながらカウンターに立つ”といういまのスタイルって、とてもいいですね。
〈取材・文=天野俊吉 新R25編集部(@amanop)/撮影=池田博美〉
【お知らせ】7月12日、林さんの「恋愛小説」が出版されます
恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。
どうしても忘れられない恋を、人はバーテンダーに話してしまう――。「恋はいつか消える。ならば、せめて私が書き留めておこう。」cakes人気No1エッセイストにして、バー店主による待望の恋愛小説。
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