企業インタビュー
好きじゃなかった阿波踊りを、一生の仕事に。自らのルーツを選び直した、米澤渉さんの“はたらくWell-being”
連載「“はたらくWell-being”を考えよう」
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。
そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。

徳島発祥で、400年以上の歴史を持つ阿波踊り。「お祭りで踊るもの」というイメージが強い伝統芸能を、世界を股にかける「プロのエンタメ」へと昇華させた集団がいます。それが、阿波踊りプロ集団「寶船(たからぶね)」です。
世界中で踊って感動と驚きを届けてます。#ド直球に言いますがフォローしてください pic.twitter.com/8VvMdpBmFx
— 寶船 TAKARABUNE (@takarabune_info) January 28, 2022
今回お話をお伺いしたのは、寶船のリーダーであり、寶船の運営のために株式会社アプチーズを立ち上げた米澤 渉さん。米澤さんは2024年にForbes JAPAN「CULTURE-PRENEURS 30」に選出され、「TEDx」へも登壇。さらに2025年に初の書籍『踊る阿呆の世界戦略』(ひろのぶと株式会社)を出版しました。
伝統をビジネスとして持続させ、次世代へ繋ぐ挑戦を続けるなかで、米澤さんが見出した“はたらくWell-being”について聞きました。
1985年東京都生まれ。幼少より阿波踊りを始める。1995年に父・米澤曜が「寶船」を設立し、所属。高校卒業後はバンド活動を行い、フロントマンとして全国ツアーを経験。2012年、寶船の運営として一般社団法人アプチーズ・エンタープライズの起業に携わり、2024年に株式会社化。2025年には寶船の連長に就任。現在、日本盆踊り協会 芸術顧問も務める。
阿波踊りのプロは、技術力の高さじゃない!?

田邉
SNS を見ていたら、たまたま寶船のメンバーが踊っている動画が流れてきて、その迫力とユニークさに釘付けになりました。まずは、寶船の成り立ちから教えてください!

米澤さん
寶船は、徳島出身の僕の父が1995年に東京で立ち上げました。
1995年といえば、阪神・淡路大震災があり、インターネットの幕開けであるWindows95が発売された年。そうした時代の変わり目に、父は「これからの時代に必要なのは、子どもたちが思いっきり声を出したり、汗をかいたりできる場だ」と考えたんですね。
寶船のリーダーを勤める、米澤渉さん

米澤さん
その後、僕と姉、そして弟の兄弟三人が運営を引き継ぎ、2012年に法人化して日本初の「プロ阿波踊りグループ」になりました。
今はプロメンバーの「BONVO(ボンボ)」を筆頭に、習熟度や役割に合わせた3つのチームで構成されています。
プロメンバー「BONVO」の5名

田邉
阿波踊りのプロということは、みなさん踊るのがめちゃくちゃうまいってことですよね。

米澤さん
いや〜、実はうまいからプロになれたとかではないんです(笑)。

田邉
??

米澤さん
先に誤解を解いておくと、寶船が考える“プロ”の定義は、阿波踊りのスキルが高いことではありません。

田邉
え! 踊りの上手さじゃないんですか?

米澤さん
はい。そもそも阿波踊りは、徳島で独自に進化した「盆踊り」です。
お祭りの盆踊りって、老若男女誰もが参加できるもの。技術でいったら、本場の徳島には伝統を愛して何十年も阿波踊りを続けている素晴らしい方々がたくさんいらっしゃいます。

田邉
へえ〜! 盆踊りがルーツなんですね! そういえば私の友人にも、趣味で阿波踊りクラブに入っている人がいます。そうなると、寶船が掲げる阿波踊りの“プロ”って一体何なんでしょうか?

米澤さん
シンプルにいうと、「事業者として阿波踊りで生活している」ということですね。そして、僕らがプロになった意義は大きく2つあると思っているんですよ。
1つめは、意思をもって文化を残していくため。これまで日本のお祭りは、地域の自治体や商店街が主催し、私たちは無意識にその文化を享受してきました。でも、コロナ禍での自粛や担い手不足、そして資金難などにより、今は放っておけば文化が消えてしまう危機にあります。
どれだけ素晴らしい文化も、誰かが「残す」という強い意思を持って動かなければ、途絶えてしまう。だから、阿波踊りも経済的に自立した芸能になれることを示し、その方法を共有していきたいと思っているんです。
阿波踊りは、「手を挙げて、足を運べば阿波踊り」といわれるほど、振り付けはシンプルなのだそう

米澤さん
そして2つめは、阿波踊りの新たな市場を開拓することです。

田邉
市場、ですか。

米澤さん
文化を継続させるには、どうしても市場の開拓を避けては通れません。阿波踊り祭りに毎年同じように出演しているだけでは、新規のタッチポイントは増えない。
そこで寶船では、これまで阿波踊りが進出していなかったマーケットに積極的に出ていこうとしています。メディアやエンターテインメント市場、国際事業、国内外の大型フェスティバル、国立劇場など、体験型のステージパフォーマンスとして阿波踊りを再定義しています。
2011年にハワイ公演を行って以来、ヨーロッパ、北米、アジア、中米、アフリカなど世界各地から招致を受け、30カ国で踊ってきました。
アメリカの劇場で行われた公演の様子。かっこいい!

田邉
阿波踊りといえば列になって練り歩くイメージでしたが、それをステージで!

米澤さん
僕らのステージを見た海外の人が、「阿波踊りおもしろい!」と自国で踊りだして話題になったり、日本に興味を持って来日してくれたりすれば、そこに経済効果が生まれます。さらに、阿波踊りがお祭りとしてだけでなくエンターテインメントのコンテンツであると示すことで、阿波踊りの新領域の開拓にもなる。
「お祭り」というパイを奪い合うのではなく、どうしたら文化を存続させ、拡大できるのかを考えながら活動することがプロだととらえているんです。
「阿波踊りはダサい」とバンドへ逃げた10代。でも、阿波踊りに戻ってきた

田邉
お父様が寶船を立ち上げたということは、米澤さんも幼い頃から阿波踊りをしていたんですか?

米澤さん
そうですね。家族みんなでやっていたので、子供のころから阿波踊りは常に身近にありました。
…でも、ぶっちゃけると幼少期は全然好きじゃなかったんですよ(笑)。
田邉「え!?そうなんですか!」

米澤さん
父は徳島出身ですが、僕は東京生まれ東京育ち。周りに阿波踊りを知っている友達は、一人もいませんでした。いたとしても、小学校や自治体の人から言われて仕方なく踊るものといったイメージです。
父が寶船を立ち上げて、まず僕ら兄弟の友達を中心にメンバーを集めたんですけど…友達からは「何やっているの?」と白い目で見られるし、自分でも恥ずかしくて。当時はみんなスーファミに夢中でしたから(笑)。そうした反発心から、10代の後半はバンド活動に熱中していました。

田邉
なるほど。

米澤さん
そんなとき、お世話になっていたライブハウスの店長に、「実は僕、阿波踊りをやっていて」と話したら、「めちゃくちゃロックで面白いね!ライブハウスで阿波踊りやっていいよ!」と言われたんです。

田邉
ライブハウスで阿波踊り!?

米澤さん
最初は戸惑いましたが、同時に「やってみたい」とも思ったんです。
僕がバンドに夢中になったのは、突き詰めれば、自分を表現したいから。それが10代の頃は音楽だっただけで、「阿波踊りでも、自分なりの表現ができるかもしれない」と初めて思えたんです。

田邉
幼少期の気恥ずかしさや10代の反発心がありながらも、阿波踊りに戻ってきたんですね。

米澤さん
ちょうどバンドを解散したとき、あらためて「僕はどんな人生を送りたいのか」を考えたんです。これまで阿波踊りから必死に目を背けてきたけど、結局それが僕のルーツなんですよね。
実際、ライブハウスで披露してみたら、自分のバンドでは全然呼べなかったのに、阿波踊りだと180人ものお客さまが集まって熱狂してくれた。阿波踊りには、強烈に人を引きつける力と、新しい表現を受け入れる「余白」がまだまだあるんだと痛感しました。

田邉
寶船の始まりを感じます。

米澤さん
今振り返ると、遠回りしてよかったなと思いますね。10代20代で悶々として反発したからこそ、見つめ直したときにスッと自分の人生を受け入れられた。僕にとってあの音楽の日々は必要な通過儀礼だったんだと思います。


米澤さん
そうそう。バンド活動をしていたとき、大阪の超有名なブルースマンと共演して言われた言葉が今でも忘れられません。
その方は、ブルースの本場・アメリカで演奏をしたらこう言われたそうなんです。「君のブルースを聞かせてくれよ。それは僕たちのブルースであって、君のじゃないだろ? 日本人の君にとってのブルースは何なんだ?」って。

田邉
……深い。

米澤さん
ハッとしましたね。僕にとってのブルースは、阿波踊りだったのだと思います。
12年前の伏線回収。「世界中を躍らせよう」を実感することが“はたらくWell-being”

田邉
お話聞いていると、阿波踊りが米澤さんにとってのルーツであり、ライフワークであり、人生そのものだと思うのですが、「はたらいている」感覚はあるのでしょうか?

米澤さん
ははは、そうですよね(笑)。傍から見ると踊っているだけに見えるかもしれませんが、実はめちゃくちゃはたらいています(笑)。
僕たちは、企業イベントや国際事業などのパフォーマンスなど、クライアントからオファーをいただいて動くプロです。阿波踊りというパフォーマンスを、一つの商品として売っていかなければなりません。
阿波踊りでは、数種類の太鼓や鉦などが使われる

米澤さん
ですから、華やかなステージの裏では、地道な金額交渉もしますし、メンバー全員分の日程調整や航空券の手配、企画の資料作成といった事務作業も山ほどあります。SNSを通じた広報活動も、すべて自分たちで手がけていますから。

田邉
想像以上にビジネスですね…!

米澤さん
そうなんです。そして、寶船が世界30カ国に活動を広げたビジネス戦略をまとめた書籍『踊る阿呆の世界戦略 世界26カ国を熱狂させた NEO阿波踊り集団 寶船の挑戦』(ひろのぶと株式会社)を2025年に出版しました。
でも、そうした泥臭い調整を積み重ねた先に、ようやくきらびやかなステージがあるんですよね。何万人もの観客が歓声をあげ、僕たちのビジョンである「世界中を躍らせよう」が体現された瞬間が、僕にとっての“はたらくWell-being”です。

田邉
これまでに印象的だった出来事はありますか?

米澤さん
先日、インドで公演をしたときですね。12年前に僕たちが“プロ”を名乗り始めて初めてインドへ行った際、現地で僕たちのファンになってくれた男の子と再会したんです。

田邉
12年越しに!?

米澤さん
当時僕たちはたった3日間しか滞在していなかったし、公演時間もわずかだった。それなのに、彼はその時のステージに猛烈に感動してくれて、ずっと僕たちのことを覚えていてくれたんです。
当時、お礼にプレゼントした寶船Tシャツを今でも大切に飾ってくれているらしくて、今回の再会でも街を案内してくれたり、一緒にご飯を食べたりしました。

田邉
すごい。国境も時間も越えて、つながったんですね。

米澤さん
12年前の僕は、「とにかく何でもやらなきゃ」と焦りのなかにいました。でも、そのときの行動が誰かの人生にそれほどの影響を与えていたんだと知って、「あぁ、続けてきて本当によかった」と心の底から思えましたね。
「自由」はマインド、「自在」は技術。「自由自在」な自分となれ

田邉
これまで、葛藤しながらも「阿波踊り」という独自の道を切り拓いてきた米澤さんにぜひ伺いたいです。読者が「自分らしく、幸せにはたらく」ためには、どうすればいいと思いますか?

米澤さん
僕はメンバーたちにもよく「自分らしい踊りをしよう」と伝えるのですが、仕事でも踊りでも、一番大切なのは「自由自在」であることだと思っています。

田邉
自由自在?

米澤さん
自由自在ってよくできた言葉で、「自由」と「自在」は、似ているようで全く別物なんですよ。
みんな、「自由」はすぐにできる気がします。たとえば、「自由にピアノを弾いてみて」と言われたとして、音楽にならなくても鍵盤を無茶苦茶に叩くことは誰でもできる。だから、自由になるのはマインドの課題だと僕は思っていて。
一方で「自在」は技術なんです。楽譜を理解し、指を動かし、頭に浮かんだメロディを正確に音にできる、みたいな。

田邉
「自由」はマインドで、「自在」は技術。

米澤さん
「自在さ」を持つ人は、きっとめちゃくちゃ練習しているはずなんです。「自分らしい踊り」というのは、自由と自在を両方持っていないとできない。


米澤さん
はたらくことも同じで、いきなり「自分らしくはたらく」と言っても、そもそもの基礎スキルや、業界のルールを知らなければ自在にはなりません。
でも逆に自在にばかり、つまり技術やルールばかりに固執してしまうと、常識を逸脱できなくなる。無意識の恐怖で考え方が凝り固まってしまいます。

田邉
なるほど。

米澤さん
自分らしくいるためには、自由と自在になる。好奇心やモチベーションと同時に、自分を表現する技術も必要なんです。

田邉
音楽のセッションのようですね。楽器の扱いを知っているプロ同士だからこそ、その場で自由に音を奏でられる。

米澤さん
まさにです! だからこそまずは、自在になれる自分になること。その過程は、できないことだらけで退屈だし、人によっては我慢の時間に感じるかもしれません。でも、自在を手に入れたら、「もっとこうしたい」「こうできるかもしれない」と、自由に自分らしくできる時間がやってくるはずです。
阿波踊りは、世界を一つにする「無礼講」

田邉
最後に、寶船の今後を教えてください。

米澤さん
少し抽象的な話になりますが、これからも「阿波踊りを通じて文化をつくっていきたい」と思っています。
最近あらためて「文化ってなんだろう」と考えるんです。僕は、文化とは「過去・今・未来が、今この瞬間に共存している状態」なんじゃないかと思っていて。


米澤さん
先日、知り合いの殺陣師の方が面白い話をしていたんです。「殺陣を突き詰めていると、ふと侍の足音に近づく瞬間がある」と。身体に染み付いた型を無我夢中でこなしていると、何百年も前の侍の背中が見えてくるそうなんです。

田邉
へえ、すごい!

米澤さん
その感覚、実は僕にもあるんです。400年前の人たちも、きっとこうして無我夢中で踊っていたんだろうな、と肌で感じる瞬間がある。最近は、僕の息子も一緒に踊ることがあるのですが、彼が踊る姿を見ていると「あぁ、未来でもきっと誰かがこうして踊っているんだろうな」と思えるんですよね。
長い時間軸に思いを馳せたものが文化になっている。だから色褪せずに残したい。関わる人が同じように大切なものとして感じてもらいたい。もしかしたら途中で形は変わっていくかもしれないけど、それでも残る歴史の集積が「文化」なんだと思います。

田邉
形は変わってもその精神が残り続けていくことが、文化をつくること。

米澤さん
阿波踊りの主戦場であるお祭りは、もともと身分の上下を一切取っ払った「無礼講」から始まっています。そこでは年齢も、国籍も、ジェンダーも、職業も関係ない。誰もがただ一人の人間として、平等に、自由に楽しめる。
「世界中を躍らせよう」というビジョンが叶い、世界が一つになって踊り狂える場をこれからもつくっていきたいですね。

<取材・文=田邉 なつほ>

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