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教員から医学の道へ!? アフリカの地で掴んだ私にとっての“はたらくWell-being”

教員から医学の道へ!? アフリカの地で掴んだ私にとっての“はたらくWell-being”

連載「“はたらくWell-being”を考えよう」

新R25編集部

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リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。

そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載“はたらくWell-being”を考えようではモヤモヤを感じているあなたへ令和の新しいはたらき方を提案していきます。

昨今、政府の支援も相まってビジネスパーソンの「リスキリング」や「学び直し」への関心は高まっています。「今のキャリアのままでいいのか」というモヤモヤを抱え、新しい道へ踏み出そうとする人が増えるなか、今回お話を伺ったのは富田 明澄(とみた あすみ)さんも、まさに今学び直しをしている一人です。

彼女は30歳を機に高校の理科教員というキャリアを手放し、未経験から医学の道へ進むことを決意。退職後、勉強の末に群馬大学医学部医学科へと入学した、現役の医学生です。

「ちょうど昨日まで病院での実習へ行っていました。ここからは、2月の国家試験に向けて勉強漬けの毎日です(笑)」

そう笑う富田さんですが、当時は安定したキャリアを手放すことに「不安しかなかった」と言います。それでも彼女を突き動かした、たった1つの「最大の恐怖」とは何だったのでしょうか。未知の世界へ飛び込んだ先で見つけた、“はたらくWell-being“を聞きました。

群馬大学医学部医学科6年生。学生時代、「あらゆる現象が科学で解明できること」の面白さに魅了され、高校の理科教員に。2017年7月〜2019年3月までJICA海外協力隊としてアフリカのマラウイへ派遣。現地での無力感や「環境に依存していた自分らしさ」の限界を痛感したことをきっかけに、帰国後、教員を退職して医学の道へ進むことを決意。1年間の猛勉強を経て医学部へ入学した異色の経歴を持つ

「この充実感は、自分の実力じゃない」。恵まれた環境で抱いた危機感

田邉

今日はよろしくお願いします! 富田さんは今、現役の医学生なんですよね?

富田さん

はい、群馬大学医学部医学科に所属する6年生です!

ちょうど病院での実習を終えたところで、今後は2月にある医師国家試験に向けて、猛勉強しないとですね(笑)。

田邉

医学部生になる前は、高校で教員をされていたと伺いました。教員から医師へと、キャリアの方向転換が急すぎませんか…!?

富田さん

あはは(笑)。確かに、客観的に見たらそうですよね。

田邉

どうして教員から、まったく別世界の医学の道へ進もうと思われたんですか?

富田さん

一番のきっかけは、教員時代にJICA海外協力隊としてアフリカに赴任したことでした

田邉

JICA海外協力隊!? 情報量が多すぎて頭が追いついていないのですが、そもそもなぜファーストキャリアとして教員の道を選ばれたのでしょう?

富田さん

学生時代に科学の面白さに魅了されて、「この楽しさを子どもたちに伝えたい!」と思ったのがきっかけで高校の理科教員になりました。

当時は、悩みながらもすっごくやりがいのある楽しい日々を過ごしていましたね。私ならではの工夫を凝らした授業を計画するのも面白かったですし、放課後に生徒が自身の悩みを打ち明けてくれて「信頼関係ができた!」と嬉しくなる瞬間もありました。

自分自身、「私ってこんなに教育に夢中になれるんだ!」と驚くほど。同僚にも恵まれていて、まさに「自分らしくはたらけている」という実感がありました

田邉

毎日が充実していて、仕事も楽しい。20代のキャリアとしては理想的ですね。なおさら、そこからなぜ新しい道へ進むことになったのか気になります。

富田さん

やりがいがあった反面、危機感を抱いている自分もいたんですよ

田邉

危機感、ですか?

富田さん

はい。この恵まれた環境は私の実力ではなく、たまたま運良く巡り合えただけだと思っていて。たとえば、生徒との距離が近くて良好な関係を築けているのも、先輩たちが温かくサポートしてくれるのも、私が「若い」から。

この先「若さ」がなくなったとしたら、私に何が残るんだろう。もし明日、この恵まれた環境から放り出されたとしたら、私は何ができるんだろう...そう考えたとき、「これだ」という自分だけの強みがほしいと強烈に思うようになりました

田邉

なるほど。充実していたからこそ、不安に感じられた。

富田さん

そんなモヤモヤを抱えていたとき、ふと中学生のころに電車の吊り革広告で見かけた「JICA海外協力隊」のことを思い出したんです。当時は子どもながらに「将来は絶対にこれに参加する!」と決意していて(笑)。

で、実は教員には、教員のままJICA海外協力隊に参加できる「現職教員特別参加制度」というのがあり、毎年春に募集が行われているんですね。

田邉

へえ! 先生を辞めずに海外へ行ける制度があるんですね。

富田さん

そうなんです。いち教員として、これからの時代に必要な国際理解教育の視点や海外での教育経験という自分だけの強みを身につけたい。そう決意して、制度を利用してアフリカのマラウイへ理科教師として赴任することを決めました。

出国時の様子

田邉

どうしてアフリカだったんですか?

富田さん

選択肢は他にもあったのですが、せっかく挑戦するなら、少しでも多くのものを吸収したくて

それなら自分の常識がまったく通用しない、一番知らない世界に飛び込んだほうが、ワクワクすると思ったんです(笑)

アフリカの地で直面した、無力な自分。医師の道を進む決断をしたワケ

田邉

実際にアフリカへ行ってみて、いかがでしたか?

富田さん

私は理科教員としてマウライのセカンダリースクール、日本だと中学3年生から高校3年生相当の生徒が学ぶ学校に赴任しました。

最初に驚いたのが、日本との教育現場のギャップです。現地の先生方は時間にとてもおおらかで時間通りに現れないこともよくありましたし、家族の予定や地域の事情で授業が急になくなることも珍しくありません。

日本だと制度やルールを守ることが最優先されがちですが、マラウイの人々を見ていると、それよりも目の前の家族や人と人とのつながりを今この瞬間大切にすることに、ごく自然に重きを置いて生きているんですよね

田邉

なるほど。インフラや生活の前提が違いますもんね。

富田さん

そんなカルチャーショックもありつつ、次にびっくりしたのが、生徒たちの自己肯定感の高さ(笑)

「これわかる人?」って聞くと、ほぼ全員がものすごい勢いで手を挙げるんです。間違った答えを言ったとしても、「合ってるでしょ!」ってすごく堂々としている(笑)。

田邉

日本の教育もそんなふうになったらいいなあ。

富田さん

決して物資や設備が十分に行き届いている環境ではありませんでしたが、子どもたちは与えられた環境で精一杯学ぼうとしていました。赴任前に期待していた異文化体験という意味では、毎日が刺激的な時間でした

田邉

先ほど「医学の道に進むと決めたのは協力隊がきっかけ」と仰っていましたよね。赴任中に一体何があったんですか?

富田さん

ある日、またいつも通り急に授業がなくなってしまって、自由な時間ができたので市場へ買い物に出かけたんです。その道中、いつも人があふれかえっている場所があって。

田邉

人があふれかえっている場所?

富田さん

そこは、病院なんです

マウライは医師不足が深刻で、何時間もかけて病院に来たにもかかわらず、1日並んでも診てもらえないまま何時間もかけて家路につく人もいるほど。

田邉

そこでつながるんですね。

富田さん

実はマラウイにいる間、授業が潰れるたびに「私、何しにここへ来たんだろう」「何のためにここにいるんだろう」と、ものすごい無力感に襲われたんです。

日本にいたころは、ありがたいことに生徒たちとも温かい関係を築かせてもらっていて。授業でも前向きな反応が目に見える数字や言葉として返ってくることが増え、教員としてあんなに楽しくやりがいを持ってはたらけていたから、余計に。「アフリカでもきっと私らしくやれるはず」って、自分に対する期待値が上がっていたんだと思います

富田さん

でも実際は、学校という枠組みや、恵まれた環境、日本という文脈から一歩外に出た瞬間、自分には何もできることがない。「環境が変わると、私は一気に無力になってしまうんだ」という現実に気づかされました

だから、人であふれかえる病院を見たときに「どんな環境だとしても、自分の腕一本で誰かの役に立てるような、確固たる専門性を身に付けたい。一生をかけてその力を研ぎ澄ませていけるフィールドとして、医学の道を選ぼう」と思ったんです。揺るぎない専門性という土台があってこそ、自分の経験や価値観を乗せて、本当の意味で「自分らしく」はたらけるんじゃないかと

2年間の任期を終えて帰国したあと、「もっと自分を使い切りたい!」と思い、教員を辞めて医学の道に進むことを決めました。

今が、人生で一番若い。キャリアを捨てる恐怖に勝った、たった1つの本音

田邉

でも、いざ自分のこととして考えると、富田さんのように一歩を踏み出せる気がしないです。年齢のこともありますし、せっかく築いた「教員」というキャリアを離れるのも、なんだかもったいない気がしてしまって。

富田さん

私もそうでしたよ! 教員を辞めるとき、頭の中を整理するために辞めることによるメリットとデメリットを紙にばーっと書き出してみたんです。

そしたら、「収入がなくなる」「キャリアが中断される」「社会とのつながりが消える」「医学部を受験しても受かるかわからない」って…圧倒的にデメリットのほうが多かったです(笑)

田邉

やっぱりそうですよね!?

富田さん

はい(笑)。数えきれないくらいデメリットがあったんですけど、でもやっぱりただ1つ、「挑戦しないまま人生を終える」という恐怖が私のなかで大きかったんです。その1つに勝る他の恐怖はないぐらいに。

富田さん

「専門性という土台の上に、自分の経験や価値観を乗せて、より自分らしくはたらく」「自分が本当になりたい自分になる」

書き出したメリットはそれだけだったんですけど、それらが他のどんなデメリットよりも、キラキラと輝いて見えたんですよね。

田邉

なりたい自分を諦めるほうの恐怖が勝ったと。

富田さん

なりたい自分を心のどこかで知っているのに、そこに挑戦しないままこの先の長い人生を過ごすのは、絶対に後悔すると思ったんです。30歳というと、自分では「年齢を重ねた」と思うかもしれないけど、60代、70代の大先輩から見たら、まだまだ何にでもなれる若さじゃないですか。

今生きている瞬間が、人生のなかで一番若い。人生100年時代、これからを過ごしていくとしたら、なりたい自分でいられたり、なりたい自分になるために探究していたりするほうが、きっと楽しいですよね。

実際、医学部生になってからは、毎日が楽しくてしょうがないんです!

田邉「すごい、とってもかっこいいですね!」

大人の学び直しはリセットじゃない。「なりたかった自分」に近づけた嬉しさで、涙があふれた

田邉

毎日が楽しいって、まさにWell-beingですね! とはいえ医学部の勉強は、相当ハードなんじゃないですか?

富田さん

それはもう、めちゃくちゃ大変です! でもね、恥ずかしながら、人生で初めて「学ぶことがこんなに楽しいんだ」「勉強させてもらえる環境ってなんて有難いんだろう」って、心から思えているんですよ

10代のときの勉強は、私にとってはやっぱりどこか義務感があったんです。自分で望んで学ぶというよりは、学ばされているというか。

田邉「確かに私もです…どうしたら勉強しなくていいかを考えてました」 富田さん「わかります(笑)」

富田さん

ただ、一度社会に出て自分の無力さを知り、そこで強く求めた専門性を今、こうして自分の意思で身につけられている喜びが大きい

もし、高校卒業後の進路として医学部に進んでいたら、ここまで貪欲に学びたいとは思えていなかったと思いますね。社会人を経た今だからこそ、医学部生になってよかったです。

田邉

確かに、自分が学びたいことを勉強できるって、より理解も深まりそうです。

富田さん

それから意外だったのは、周りの声にものすごく勇気づけられたことです

私はただ自分のために、無謀にもこの世界に飛び込んだんですけど、そんな私の姿を友人や元同僚たちが「面白いね!」って応援してくれて。「自分も挑戦してみたいと思った」「勇気をもらったよ」「かっこいいね」と、うれしい言葉をたくさんかけてもらったんです。自分のために始めた挑戦が誰かの刺激になって、結果的に私の勇気にもなっています。

田邉

今まさに私も、富田さんのお話からめちゃくちゃ勇気をもらっています!

富田さん

あはは、うれしいです! ありがとうございます(笑)。

自分の好きなことをしているだけなんですけど、ありがたいことにこうして取材をしていただいたり、講演に呼んでいただいたりと、教員時代には出会えなかったようなつながりもどんどん増えました。

富田さん

大人になってからの学び直しは、キャリアをリセットすることだと思われがちですが、全然そんなことないんですよね。むしろ、これまでの経験を、新しく手にする専門性と組み合わせられることこそが最大の強みになる。私でいえば「医師×教員」や「医学×教育」とか。

遠回りのようでいて、人生100年をワクワク過ごすための一番良い投資な気がしますね(笑)

田邉

それを聞いて、私もだんだん「今の私何か勉強したいことないかな?」と思ってきました!

富田さん

とはいえ、私もまだ学生の身なので、まずは一人前の医師になれるように国家試験に合格するのが今の目標です。そしていつかは、磨き上げた専門性を携えて、私を温かく迎えてくれたアフリカをはじめ、世界のどこででも誰かの力になれる医師になりたい

先日、医学生としてアフリカの医療ボランティアに参加する機会がありました。現地の病院を歩いていたとき、ふと協力隊時代に感じた何もできない無力感が思い出されたんです。でも次の瞬間、「今の私は、あのときなりたかった自分に少しずつ近づけているんだ」って気づいたら、なんだか涙があふれてきちゃって。

今なら、私にできることがある。自分の足で、選びたかった未来に向かって歩めているそう実感できること自体が、私にとっての“はたらくWell-being”です。

<取材・文=田邉 なつほ>

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