

夢は自給自足の村をつくること。ベトナムコーヒーを通じて伝えたい“本当の豊かさ”とは
コーヒーをきっかけに再確認したい、日本文化の本質と美しさ
新R25編集部
大分県主催の「Oita GROWTH Ventures」(おおいたグロースベンチャーズ)は、事業成長を志向している起業家・第二創業者の方を対象に、さらなる事業成長を支援するアクセラレーションプログラムです。
「成長」×「豊かさ」に軸をおき、急成長するスタートアップだけでなく、「3つのGROWTH」に代表される起業家ニーズに合わせた多様な成長を支援してきました。
今回お話をうかがうのは、令和6年度の採択者5名のうちの一人で、ベトナムのコーヒーを日本に届けることで、環境保護と持続可能な未来の実現を目指す株式会社フックの代表取締役 ファン チュン フックさん。
父から受け継いだコーヒー農園がつなぐ、日本の未来とは…?
〈聞き手=古川裕子(新R25編集部)〉
ベトナムから日本へ。

ファンさん
私は大学進学のため、母国ベトナムから日本へ来て、現在は別府市でベトナム料理とフォーの専門店「スパイス食堂クーポノス」を経営していています。

古川
もともとは留学で来られたんですね。なぜ日本に…?

ファンさん
私は小さいころから合気道や空手を習っていて、日本文化の奥深さにずっと憧れがあったんです。

古川
へぇー! 武道ですか。

ファンさん
武道の道徳観や倫理観は、私の人間形成に大きな影響を与えています。
それで、大学進学を機に日本へ行こうと思い、立命館アジア太平洋大学(APU)に入学しました。

古川
大学では何を学んだのですか?

ファンさん
環境学部で、環境開発などについて学びました。
実際に日本に来てみたら、その自然豊かな美しい景色に感動したんですよ。同時に、日本人の自然環境や自然の美しさに対する意識をもっと深く知りたいという思いが芽生え、そのまま日本に滞在することを決めました。


古川
ベトナムには帰らなかったのですね。

ファンさん
そうなんです。ただ、今は日本とベトナムを行き来しながら、ベトナムでコーヒー農園も経営しています。
実は私の実家は20年近くコーヒー農園を営んでいましたが、経営者だった父が亡くなり、私が継ぐことになりまして。

古川
そうだったんですね。

ファンさん
農園を手放そうかという話もありましたが、大学で学んだこともあって、有機農業にすごく興味があったんです。
それで4年前からコーヒー農園を有機栽培に切り替え、さらにはオーガニックコーヒーのブランドを立ち上げました。


古川
なんと、新しい事業展開まで。バイタリティがすごい…!

ファンさん
私には地球上のすべての食をオーガニックにして、ゆくゆくは自給自足で生活できる村をつくりたいという夢があります。
食堂のクーポノスやコーヒーは、そのための小さな一歩に過ぎません。

古川
壮大な夢ですね。

ファンさん
「夢は大きく」です!
ただ、そのビジョンに近づくためには自分ひとりの力では到底無理です。
そこで、成功している経営者の方々にアドバイスやアイデアをいただき、自分自身の学びも深めたいと思って、今回の起業家育成支援プログラムに応募したんです。
農村部の「優しさ」の背景にある“食に対する意識”

古川
支援プログラムでは、半年間のメンタリングがあるんですよね。何か気づきや学びなどはありましたか?

ファンさん
メンターの方たちからは、「あなたは何をしたいの? 未来に何を描いているの?」と、とことん問われ続けました。
これまでは、いくら夢を思い描いていても、そうした夢への想いやビジョンについて具体的な言葉にすることはなかったので、最初はなかなかうまく伝えられなくて。
でも、第三者にわかるように言葉や文章で表現し、伝えようと努力することで、「私はこういうことがしたい」ということを、改めて自分自身と対話することができました。
その結果、漠然としていた自分の想いもより明確になってきました。

ファンさん
そして現在、私は「食と環境と人間の思考」の関連性について考え始めています。
そのきっかけとなったのは、日本にいて感じる“優しさ”の質の違いでした。

古川
優しさの質ですか?

ファンさん
最初、日本に来て一番驚いたのは日本人の“優しさ”だったんです。
でも日本での生活が長くなると、都市部と農村部では優しさの質が異なるなと感じるようになって…

古川
どういうことでしょう?

ファンさん
なんというか、自然と深く関わる農家の方々は、武士道の精神に近い優しさを持っているように感じるのです。自然の流れに沿った食生活を送る人々は、深い人生観を備えていると言いますか。


ファンさん
産業革命以降、日本の農業も化学肥料や農薬の使用が一般化し、食料の供給過多の時代に突入しました。でも元来人間は、食事のエネルギーを野菜や果物などから摂取します。
だからこそ、自然の摂理に従って育った作物こそが、人間にとってもっともエネルギーを含んでいるのかなと。

古川
なるほど…!

ファンさん
私は、日本人が「人工的な人間」へと変化するのを静観するのではなく、日本の美しさや精神を大切にしたいと考えています。
そう考えたとき、ますます食に対する意識を見直すことが重要だと思うようになりました。
今は“基礎固め”のとき。20年後、30年後のビジョンとは

古川
ファンさんは自分の夢を再認識し、ビジョンをかたちにするために何から始めたのでしょうか?

ファンさん
まずは日本のオーガニック市場で利益を上げているビジネスモデルを研究したり、コーヒーやカフェに関する情報収集をしたりするところから始めました。
さまざまな市場を知ることで、ぼんやりとしていたビジョンが徐々にはっきりと見えるようになってきましたね。

古川
まずは土台をつくるところから始めたんですね。

ファンさん
まさしくそうですね。
そして、ようやく基礎が固まったので、次はコーヒーのブランディングや資金調達など、具体的な行動にうつす段階だと考えています。
今は20年後、30年後のビジョンに向かうための最初のステップを見つけることが一番大事だと思っていて、そのタイミングを計っているところです。


古川
ファンさんが思い描く、「20年後、30年後のビジョン」とは?

ファンさん
私が思い描いているのは、「自然のなかでみんなと一緒に暮らす」というビジョンです。
ただ、そうした「理想郷」を目指すには、共生・協働が大切です。
これまで私は一人で突っ走りがちでしたが、今回のプログラムに参加して、いろんな人の考え方や感情を受け入れることが必要なんだと学びました。

古川
多様な価値観にふれるいい機会になったんですね。

ファンさん
自分の情熱だけでは、理想郷をつくることはできません。
私はベトナムだけでなく、日本や世界を良くしたいという想いがあります。そのためには足元の大分から知ることが大切。
大分で活躍している方々のリアルな経験談を聞くことで、視野が広がり、自分だけでは思いもつかなかった世界が広がったのを実感しています。

ベトナムで育てたコーヒーが、日本の豊かさを再確認するツールに

古川
ファンさんにとって、“食の大切さ”に対する想いの原点はどこにあるのでしょうか?

ファンさん
母がつくってくれた料理です。
「スパイス食堂クーポノス」のメニューも、すべて化学調味料は使わず、出汁から丁寧にとっているのですが、私が育った家の食事も同様で、産みたての卵や搾りたての牛乳、新鮮な魚などが並ぶものでした。

古川
幼少期の原体験が、ご実家にあったんですね。


ファンさん
また、父が残してくれたコーヒー農園は、自然豊かな山のてっぺんにあります。その山は、約1万年前には火山活動が盛んで、今でも傾斜には大きな岩が残っています。
栽培には苦労しますが、かつて神社もあったという神聖な場所なので、すごくパワーを感じるんです。

古川
なるほど、歴史と自然が融合した特別な場所なんですね。

ファンさん
そういう土地で栽培するコーヒーは、ほかとは違う特別な存在です。
一本一本のコーヒーの木を大切に、できるだけ自然に近い状態で栽培しています。


ファンさん
ただ、私が取り組んでいるのは、単にコーヒーを販売すること、そしてベトナムのコーヒーを広めることではありません。
コーヒーは一つのきっかけであり、ツールです。
それを通じて、たくさんの日本人に食の大切さや、自然とともに生きる豊かさを改めて感じてもらえたらうれしい、そんな願いを込めています。
多くの日本人が忘れかけている大切なものを、ベトナムで育てたコーヒーと、お母さまがつくってくれた家庭の味で伝えようとしているファンさん。
国境を超え、ファンさんが夢を花咲かせるための“種まき”は始まったばかりです。
大分県アクセラレーションプログラム「Oita GROWTH Ventures」(おおいたグロースベンチャーズ)では、2025年2月26日(水)に成果発表としてOita GROWTH Ventures DEMODAYを開催したとのこと。
ご興味のある方は、ぜひ公式HPをチェックしてみてください!
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