企業インタビュー
会社の名前じゃなく、自分の名前で仕事をする——元NHKディレクターが独立してつかんだ“はたらくWell-being”

会社の名前じゃなく、自分の名前で仕事をする——元NHKディレクターが独立してつかんだ“はたらくWell-being”

連載「“はたらくWell-being”を考えよう」

新R25編集部

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リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。

現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。

そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。

今回紹介するのは、株式会社草莽映像代表の井上大輔さんです。TBSビジョン、テレビ朝日、NHKと18年間にわたり3つの放送局を渡り歩き、『羽鳥慎一モーニングショー』『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』など、数々の花形番組を手がけてきた映像ディレクター。安定した収入もあったなか、「本当のことを伝えたい」という信念のもと、2025年4月に独立しました。

テレビ局という大きな組織を離れ、自らの名前で仕事をする今、井上さんが感じている“はたらく幸せ”とは何なのか。独立を考える人へのアドバイスも含めて、お話を伺いました。

TBSビジョン、テレビ朝日、NHKの3つの放送局で『羽鳥慎一モーニングショー』『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』など、数々の花形番組を手がけた。「本当のことを伝えたい」という信念のもと、2025年4月に独立、株式会社草莽映像を設立

18年間のテレビ局経験。「本当のこと」を伝えるために独立した

松本

井上さんは3社のテレビ局を経験されていますが、どんなはたらき方だったんですか?

井上さん

最初が一番つらかったですね。時代もあって、6カ月休みがなくて、3カ月家に帰れないというのがマックス。一年通して休みは一日か二日しかなかったと思います。

そのときはAD(アシスタントディレクター)だったので、とにかくディレクターになりたくて。こんなところで潰れてたまるかという思いでした。そんなはたらき方をしているから、まわりはどんどん倒れていくんですよ。でも、当時はテレビがまだ人気のある時代だったから、人は補充されるんです。残っている人たちは、自然とソルジャーみたいになっていく。

ソルジャー…だったんですね、井上さん

松本

そんな過酷な環境のなかで、どうやってモチベーションを保っていたんですか?

井上さん

当時の僕は、明らかに弱者側にいるとわかっていたんです。強い権力で弱い人たちを虐げている構図が当たり前のようになっている。それを許せないと思っていても、僕が逃げてしまったら言えない。

だから、自分が言える立場になったときには、絶対にこんなことはさせるもんかと、ずっと思っていました。

実際、自分のところではたらいてくれる人たちに対して、そんなはたらき方を強要したことは一回もないんです。自分はめちゃくちゃはたらくし、ある種、ワークライフバランスは顧みていないところがあったんですけど、人に対してはやりたければやればいいし、できるとこまででいいというスタンス。

松本

なるほど…! 上司や組織と意見が対立することもあったんでしょうか?

井上さん

ありましたね。でも、結局のところ、制作の世界では作ったものが面白ければ正義なんです。だから、まずは自分でこれというものを作って、みんなに認めてもらうところから始めました。

逆に言うと、そこまでは我慢していたところはあったかもしれないです。やっぱり組織なので、まずは与えてもらったものに対して120%、130%、面白いものを作る。そうすると「あいつ面白いの作るじゃん」みたいになって信用が生まれる。実績があれば、立場が上の人と一緒にやるときでも対等にケンカもできるんです。

松本

いわゆる「飲みニケーション」のようなもので作った関係性では、そうはいかないと。

井上さん

そうなんですよ。そうやって作った関係性だと、なあなあになるんですよね。それは、視聴者にも伝わると思うんです。視聴者のためじゃなくて上司のため、局のため、国のためになっているから。

上に根回ししたり、上だけを見てその関係性だけででき上がった作品を世の中に出していいことは一つもないと、僕は思う。作品に関しては対等に議論するべきだと思っているから、気持ち悪かったんですよ。そんなんでいいものできるわけないじゃん、と。

こんなにいい笑顔なのに、ケンカしていたんですね

松本

井上さんが独立を決めた、決定的なきっかけは?

井上さん

取材相手と心を通わせて撮ってきたものが、社内の会議を経て、現場を知らない人たちの考えで違うものになっていく。「こう思っているはずだ」と勝手に想像されて、ねじ曲げられてしまう。僕は、取材の結果が歪められることがすごく嫌いなんです。

決定的だったのは、兵庫県知事のパワハラ疑惑報道です。行き過ぎた報道がされて、報道と事実のずれも見えてきて。このとき、自分が抱いてきた違和感や、情報がねじ曲げられてきた状況とすごく重なったんです。このタイミングで退職の意志が固まりました。

松本

独立前に、何か準備はされたんですか?

井上さん

名前を伏せてSNSを始めたり、YouTubeで動画を投稿してどれだけ世間に受け入れられるかを試していました。仕事自体や技術的なところはやっていける実感はあったものの、それは会社の看板のおかげかもしれない。だから、実験したかったんです。

Xでは「100日後に会社を辞めるテレビ局員」というアカウントで発信して、独立後に名前や経歴を明かした投稿が50万インプレッションぐらいついて。いろんな方からご連絡をいただいて、「これならいける」と思いました。

独立後の挑戦、一貫した「弱い人を守りたい」という軸

松本

独立後は、どんなお仕事をされているんですか?

井上さん

単発のドキュメンタリー制作もありますし、大きなプロジェクトが水面下で進行中で、来年春以降にリリース予定です。

あとは、YouTubeで「野望家たち」という経営者の密着ドキュメンタリーを制作していて、企画から映像制作、その後の運用までを丸ごと担当させていただいています。

井上さん

それから、Podcastも始めたんですよ。『日常はドキュメンタリー』という番組で、制作してくれている会社の方が毎回聴き手を務めてくれているんですけど、シンプルに、めっちゃ楽しいです。

自分に興味を持って話を聞いてくれる人がいると、解像度がどんどん上がっていくような感じがするんですよね。それが僕にとって壁打ちみたいになっていて。思い切り自分の話をするなかで、「あ、自分はこんなことを考えていたんだ」って言語化されるんです。

僕はやっぱり女性脳だと思うんです。考えてしゃべるよりも、しゃべって考えるみたいな(笑)。

松本

(笑)。

独立してから、忙しさはどうですか?

井上さん

独立してからのほうが忙しいですね。会社員時代のほうが、やっぱりルーティーンになっていた部分があったので、時間はあった気がします。今は自分で差配できるが故に、いくらでも仕事を受けられてしまうのが、ちょっと悪い方向に行ってしまうことがあるかもしれません。

別にレギュラー仕事があるわけじゃないから、一本終わったら終わり、というのが数珠つなぎでなんとなくやってきて。でも、せっかく会社を作ったからには、いろんな仲間たちとやっていきたい。そのためには、広げなきゃいけないじゃないですか。

松本

井上さんは今、楽しそうですよね。

井上さん

全然楽しいですよ。一番違うのは、今までは会社の名前で仕事してたのが、今は僕の名前で仕事ができる。人と人として対峙して仕事できているのは、めちゃくちゃ楽しいですよね。

これまでは、やっぱりテレ朝とかTBS、NHKというのが後ろにあったし、むしろそれでしか見られていなかったから。取材相手とは、会社の名前じゃなくてちゃんとつながろうと思ってずっとやってきたんですけど。独立することによって、本当に人とつながれているのを実感しているので、すごく心地いいですよね。

松本

井上さんがお仕事で大切にされている軸って、何なんでしょう?

井上さん

基本は、「社会」ですね。社会とか、大きくいうと国とか制度とか。一番嫌なのが、大きな組織が小さな団体をつぶしてしまうような言論のほうに加担しちゃうことなんですよね。

話がちょっと大きくなるかもしれないけど、コロナ禍のときも、感染症を防ぐのは確かに大事だけど、「怖い」と煽るほうばっかりにいくのもよくないと思っていて。

あのときは、経済的に影響を受けて苦しんでいる人たちの取材をしていたんですよ。結局は、小さなところが被害を受けがちじゃないですか。それがすごく嫌で。

仕事の軸は、「社会」です

松本

社会…! そういう考えは、いつごろから?

井上さん

小さいときから、弱い者いじめが嫌いだったから。その視点しかないですね。僕、中学のときにいじめられていて。逆に、高校生になったら何でか知らないけど、いわゆる「イケてる」ところに属していて。そんなのって、タイミングでしかないんですよね。

そのグループのメンバーがまた、誰かをいじめるわけですよ。それで僕は、「お前そんなことやって恥ずかしくないの?」と止めたんです。基本的には、弱い人を守りたいとか、自分が大事にしている人にきちんと向き合いたい、みたいなことが僕のなかでは大きくて。

そういうところにすごく敏感なんですよね。弱者とか権力とか、そういうものに対してちゃんと機能しているのかというのを、常に見てしまう。だから、マスコミには向いていたのかもしれないですけど。どちらかというと、争いが嫌い。争い嫌いなくせに、SNSとかですごくはっきり言ってますけど(笑)。でも、それは大きな社会のなかでの争いを収めたいから、自分が先頭に立ってやっている部分はあるんです。

独立を考える人へ、そして井上さんが考える“はたらくWell-being”

松本

独立後、会社を辞めようか悩んでいる人からの相談がけっこうあると、 Podcastでお話しされていましたよね。

井上さん

そうなんです。会社を辞めるかどうか迷ったときの核は、自分で何かをやりたいというものを持っているか、持っていないかだと思うんですよ。それを持っている人だったら、組織に属してもあまり意味がないじゃないですか。組織に対して嫌悪感や違和感を持っていて辞めたいと感じているのだとしたら、辞めたほうがいいですよと思うし。

でも、核がなくて辞めたいと言っている場合は、結局、自分の自己顕示欲がそこで満たされてないからシフトしたいだけかもしれない。どうしても求められたい人って、いるじゃないですか。まあ、みんなそうなんですけどね。だったら、会社員でいたほうがいいかなと思うから、部署異動を狙ってみたりとか、会社のなかでやれることをやったほうがいい。

Podcastで話したのは、会社に染まる技術というものしか持ってない人と、会社に染まらなくてもできる技術を持っている人というのがいると。いわゆる、その会社でしか通用しない、ローカルな技術ってあるんですよね。外でも使えるようなノウハウを持っている人だったら、外に出てもいくらでもやれるけど、その会社でしか通用しないことにしか長けてない人は、たぶんやっていけない。でも、それでも思いがあって辞めるんだったら、挑戦してみてもいいんじゃない? だけど厳しいと思うよ、みたいなことは言ったりします。

松本

つまり、「スキル」と「やりたいこと」のマトリクスで考えると?

井上さん

能力があってやりたいこともある人は、組織でそれが実現できない場合、きっと辞めたいと思いますよね。

やりたいことがあって能力がない人は厳しいけど、でも、そこにいてもつらいもんね。だから辞めたほうがいいかもしれないけど、ちょっと自分の能力値を開発しないと厳しいかもしれないから、夢を諦めるか、本気で努力するか、そこで何か探すか…

絶対に自分がやりたいことを持っていなければ幸せにはたらけない、ということではないと思うんです。マトリクスのようにその人にあったはたらく幸せが必ずあって、そこを理解できていれば、人それぞれ、やることはおのずと決まってくるんじゃないかなと。

松本

確かに…! 最後に、井上さんにとっての“はたらく幸せ”を教えてください。

井上さん

まずはもちろん、身近な存在、家族が一番最初だと思うんですよ。一番近いところにまずは喜んでもらう。それが今度は地域になったり、国になったり、世界になったりみたいに、その幅が広がれば、たぶん、自分が幸せを感じる度合いも大きくなるんじゃないかなと思うから、それを広げたい。

社会に貢献できることが自分の幸せでもあるし、もっと言うと、自分がしたことによって誰かが喜んでくれるのが、やっぱり仕事の原点じゃないですか。お金をもらうことじゃなくて、喜んでもらった先にお金が生まれるという感覚ではあるんで。

だから、自分の幸せのためにって言ったらおかしいですけど、苦しんでいる人を助けることに自分の力、映像というツールを使うことが、結果として自分の幸せにつながるんじゃないかと思って仕事をしている…ということかなと。

松本

テレビ局という大きな組織を離れ、自分の名前で仕事を始めた今まさに、はたらく幸せをより実感していると。

井上さん

自分の幸せという感覚の部分は、本当に一貫しているんですよね。

僕の今のスキルでいうと、それは映像で実現することが一番社会に貢献できる。そこに今、邁進してるという感じですね。

<取材=松本 紋芽/文:柴山 由香(株式会社LA BOUSSOLE)>

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