企業インタビュー
東京・人形町にオープンした人事領域に特化した「人事図書館」。館長の吉田さんに聞く、“はたらくWell-being”の一歩目
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。
現場ではたらくビジネスパーソンのなかには、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。
そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。
東京都・人形町。この街のビルの1室に“とあるジャンル”に特化した図書館があります。その名も「人事図書館」。
2024年4月にオープンした人事図書館は会員制の図書館で、人事領域を中心とした本を2,000冊以上蔵書しています。ほかにも人事関連のツールやボードゲームなども備え、会社への導入を検討する方が導入前に試すこともできます。
今回紹介するのは人事図書館を立ち上げた館長の吉田洋介さん。Xに投稿した人事図書館の構想がバズったことをきっかけに、クラウドファンディングで資金調達をし、人事図書館をオープンさせました。
「誰も犠牲にならない組織を増やす」をライフテーマに掲げている吉田さんに、“はたらくWell-being”の秘訣を聞きました。
1982年、札幌市出身。大学生のころは軽音楽部に所属し、バンド活動に夢中に。立命館大大学院政策科学研究科修士課程修了後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに入社。組織人事支援として国内外500社以上の採用、人材開発、組織開発、人事制度などに関わる。グループ企業の中国での事業立ち上げや事業責任者を経て、2021年に独立。2024年4月「人事図書館」をオープン
紙面に先立ち日経電子版で公開されたようです🙏 七転八倒のこの3年ほどをキャリアブレイクの観点で振り返りました。さまざまな生き方を模索している方、自分の強みに迷子になっている方と一緒にもがいていけたらと思います🙇 pic.twitter.com/mvUSZFxtrt
— 吉田洋介|人事図書館 館長 (@trustyyle) May 5, 2024
理論はあるのに、社会に浸透していないもどかしさ
吉田さん
こんにちは、ようこそ「人事図書館」へ! 館長の吉田です。
ーー(編集部)まさかビルの1室に、こんな空間が広がっているとは!
館内には木箱の本棚が並び、窓際にはコワーキングスペース、さらには焚火スペースも。カーペット敷きのため、靴を脱いでリラックスできる空間
ーー(編集部)ここは、どういった場所なんですか?
吉田さん
人事図書館は、人事や組織に関わる人、たとえば人事部の方、人事サービス提供者、経営者などがつながり、人事領域について学んだり話したりできる場所です。
一般的な図書館のように本の貸出しは行っていないのですが、本を読んだり、コワーキングスペースでお仕事をしたりできるほか、定期的にキャリアや組織について学び合うイベントも開催しています。
ーー(編集部)そういえば、入口に「名刺交換、営業行為禁止」という張り紙がありました。
吉田さん
はい、人事図書館は単なるネットワーキングではなく、誰もが安心して相談や雑談できる場を目指しています。人事の方は、人によってセンシティブな悩みを抱えている場合もあるので、企業名や個人名がわからないように気を配っているんです。
名刺交換ができないので呼ばれたい名前を書いたネームプレートを首から下げるようにして、ネームプレートも紐の色によって「話したい人」「話を聞きたいだけの人」が一目でわかるようにしています。
ーー(編集部)人事は機密性の高い情報だからこそ、心理的安全性を担保したうえで相談できる場なんですね。ところで、なぜ吉田さんはこの場所をつくったのでしょうか?
吉田さん
そうですね…ひと言でいうのは難しいな。
僕のキャリアとかなり結びついているので、大学生のころから遡って話してもいいですか?
館長の吉田さん。「人事図書館」のエプロンが素敵
ーー(編集部)もちろんです!
吉田さん
僕、大学生のころに軽音楽部に所属していて、4年間で100組近いバンドを組んだんです。
そのなかで、一人ひとりの技術は高いのにうまくいかないバンドもあれば、個々の技術は高くないけど目標をちゃんと達成できるバンドもあって、これはどこに違いがあるんだろう? と興味が湧いたんです。
ーー(編集部)バンドがうまくいく、いかないは技術力じゃないんですか?
吉田さん
そうなんです。それよりもチームとしてお互いが本音で話せているか、主体的にバンド活動ができているか、そして目標がハッキリしているかが大切なんですね。
この3つのどれかが欠けていると、技術はあってもバンドは立ち行かなくなってしまう。
ーー(編集部)へえ~!
吉田さん
その経験から人や組織に興味が湧いた僕は大学院へ進学し、そこでの学びに衝撃を受けました。
実はチームビルディングの考え方や組織論は、遥か昔からめちゃめちゃ“ためになる”考え方があったんです。
たとえば最近よく聞かれる言葉に、従業員を資本と捉えて投資する経営手法「人的資本経営」がありますが、「人的資本」はいつ生まれた言葉だと思いますか?
ーー(編集部)うーん…「SDGs」も2015年にできた言葉で最近聞かれるようになったから、社会実装までに10年ですよね。だから大体10年前、2014年あたりでしょうか?
吉田さん
いえ、1970年代にはすでに「人的資本」という言葉がありました。
ーー(編集部)えっ…50年以上前!? 私が生まれる前です!
吉田さん
そう。なのに、なぜそれほど社会実装までに時間がかかるかというと、そもそも僕らは基礎教育や義務教育で組織論を学びませんし、社会人になってから学ぼうと思っても論文や原典はかなり難しい。
先人たちも一生懸命伝えようとするあまり超大な作品になっているので、0から学ぶのはひと苦労なんです。
ーー(編集部)理論はあるのに浸透していない。とすると、もしかして多くのビジネスパーソンが悩んでいる組織の悩みって、すでにある程度ヒントがあるんですか?
吉田さん
そうなんです、ためになる考え方はあるんですよ。
ちょうど学びを進めている同時期、先に就職した友人たちのなかにはパワハラで悩んでいる人もいて、相談を受けていました。
パワハラという言葉で書いてなくとも、単に高圧的な態度が組織に良い影響を及ぼすことはないと先人たちが残してくれているのに、どうして社会実装されていないのか…学べば学ぶほど、怒りすら湧くこともありました。
100年前の人が「この石に躓いたら痛いからね」と言っているにも関わらず、現代でも同じようにその石に躓いているんですね。
これほど豊富な知見があるのに…!
吉田さん
それで、一般には難しくて得づらい先人の知恵を橋渡しする役割になれたらと思い、卒業後は株式会社リクルートマネジメントソリューションズへ入社しました。
ーー(編集部)「人」「組織」が吉田さんのキーポイントだったのですね。入社後は何をされていたんですか?
吉田さん
クライアントの企業成長を人事や組織面で支援するコンサルティングをしていました。
大阪からキャリアをスタートし、東京、福岡、さらには中国で日系企業の支援もさせてもらい、とにかく仕事が楽しかったんです。
仕事が楽しすぎた僕は、気がつくと入社してから13年経っていました。
ーー(編集部)なんと、13年が経過。
吉田さん
そのなかで、リクルートという会社はご存知の通り、起業家も多く輩出する企業で、周りも新たなチャレンジをどんどんしていて。
このまま1社でキャリアが終わるのは人生もったいない! と思うようになり、「40歳までに会社を辞める」と決意しました。
12個の失敗を経て辿り着いた、「人事図書館」までの道のり
ーー(編集部)積み上げたキャリアを思うと、辞めることは不安じゃなかったですか?
吉田さん
不安じゃなかったですね。実は辞める1年前から副業やボランティアを始め、“生身の吉田”として、会社の知財を使わずに僕自身に何ができるのかを試してみたんですよ。
スタートしてから約半年で会社の月給を超え、金銭面で安心できたので独立に踏み切れました。でも、これがなかなか大変で(笑)。
ーー(編集部)というと?
吉田さん
独立すると、何でもできるゼネラリストよりも、スペシャリストが求められることに気がついたからです。
なぜなら、「研修制度なら僕に任せてください!」「新卒採用なら私で!」と言われれば、何を頼んだらいいかわかりやすいですよね。
ーー(編集部)確かに、その分野のスペシャリストにお願いしよう! となりますね。
吉田さん
だけど僕は、完全にゼネラリストでした。会社員時代は、企業成長のために人事領域でできる支援であれば、適性検査の導入、研修制度の拡充、人事制度の構築、採用ツールの見直しなど文字通り何でもしていて。
僕も何かのスペシャリストにならなければと思い、独立して2〜3年はとにかく試行錯誤しました。
ーー(編集部)たとえばどんなことを?
吉田さん
あるときはSPIなどの適性検査のスペシャリストになろうと決意し、適性検査の重要性や使い方、導入の方法をうまく伝えるようにしていました。
ですが、適性検査は一度導入すると仕事が完了してしまい、継続的には関わっていけないことに気がつき、失敗でした。そして次は…
ーー(編集部)おお、次があるんですね。
吉田さん
スタートアップやベンチャー企業は、マネジメント層の育成に苦戦することを知っていたので、独自のマネジメント研修をつくることを決意。
ですが、自分よりももっと精度が高く、ためになりそうな研修をつくっている人を知り、「そっちを導入してもらうほうがお客さまのためにならないか?」と断念しました。これも失敗です。
「毎回毎回、真剣に決意して行動しているだけに落ち込みました」うなだれる吉田さん。
吉田さん
結果として12個ほど失敗を繰り返したところ、13個目のアイデアがたまたま「人事図書館」だったんです。
ーー(編集部)じゅ、12個の失敗!? 「人事図書館」までにそんな道のりがあったんですか!
吉田さん
そうなんですよ(笑)。
でも、その12個の失敗があったから「人事図書館」が生まれたと言っても過言ではありません。だって失敗するたびに、僕の強みがわかってきたから。
ーー(編集部)吉田さんの強みとは?
吉田さん
人事領域への情熱はもちろんのこと、オンラインやテキストよりも対面で話す方が得意で、たくさんの人が集まるコミュニティや場づくりもお客さまから喜ばれました。
あとは人事関連書籍を読むのが好きで、「最近おすすめの本ない?」と聞かれたときに答えられるのも強みだったんです。
ーー(編集部)なんだか「人事図書館」の片鱗を感じます。
吉田さん
その強みに気がついてから、12個目に「人事図書館」の前身をつくりました。
人事の方が気軽に集まって話したり、ワークショップができたりする場としてワンルームを借り、レンタルスペースをしていて。
でもそれは、結局うまくいかなかったですね。
ーー(編集部)うまくいきそうな気がしますが、どうしてですか?
吉田さん
わざわざ集まる理由がなかったからです。レンタルスペースなら、立地やアクセス、オプションなど、より条件の良い場所に行きますよね。
その失敗を経て、わざわざ来ないと得られないものがある場所、わざわざ行きたいと思える場所でないとダメだと思い、構想したのが「人事図書館」でした。
ーー(編集部)ついに!
吉田さん
構想をSNSで投稿したところ、たくさんの反応をいただき、この場所が多くの人から求められていることを実感しました。
なので、この場所ができたのは本当にたまたま(笑)。
もし「人事図書館」が失敗に終わっていたら、僕は14個目を探していたと思います。
自分の輪郭をハッキリさせるには、人からのフィードバックを受け入れること
ーー(編集部)強みに気がついて組み合わせたことで、「人事図書館」は生まれたんですね。そう思うと新R25読者が強みを生かすためにはどうしたらいいんでしょうか?
吉田さん
強みや得意なことは誰しもが持っているものだと思うんですけど、案外、役職や肩書き、「得意でないといけない」という思い込みが邪魔して生かしきれていないことってあるんですよね。
ーー(編集部)生かしきれていない。
吉田さん
たとえば僕の場合、前職で管理職をしていたときに「管理職だから数字をきっちり合わせられないといけない」と思い込んでいたんです。
本来、数字を合わせるなどの細かい作業がめちゃめちゃ苦手なのに。
ーー(編集部)立場があると、より「得意でないといけない」と思ってしまいますよね。
吉田さん
だけどやっぱり苦手だから何度もミスして「吉田くん、間違えてるよ」と手戻りがありました。
管理職だから!と得意になろうと思ったんですが結局できないし、自分も苦しい。
でもあるとき、「管理職だから得意にならないといけない」というのは僕の勝手な思い込みだと気がついて。
それで「吉田くん、これできないよね」と言われたときに「できないです」と正直に返すようにしたんです。
ーー(編集部)できないことを、「できない」と。すごい勇気です。
吉田さん
正直に言えたことで、状況は変わっていきました。
「私は数字を合わせるのが得意だから、逆に吉田くんの得意なこっちをお願い」と得意なことを任せてもらえたんですよ。
ーー(編集部)なんと…! 得意と苦手の物々交換ですね。
吉田さん
そうそう! 「苦手なことは克服しないとダメだ」というプレッシャーもありますし、「できることだけをするなんて贅沢は許されない」という場面もあるかもしれません。
だけど多くの人が苦手なことは1度やっているだろうし、努力してできるようになろうとしたはずなんですよ。
そのうえでやっぱりできないなら、周りを頼っていいと僕は思っています。誰かが苦手なことを得意とする人は、必ずいますから。
ーー(編集部)みんなが得意なことをする環境になれば、それは“はたらくWell-being”ですよね。でも、自分の強みや弱みにはどうやって気づいたらいいんだろう…。
吉田さん
そのカギは、周りからのフィードバックを受け入れることです。
やっぱり、周りからよく指摘される弱みというのはあるんですよ。で、それは弱みに限った話ではなく強みに関してもです。
たとえば、「文章書くのうまいよね!」と言われたときに、「いやいや、そんなことないです」と言っていませんか?
ギクッ! 編集部「どこかで私のこと見てました?」
吉田さん
そこで「そうなんです!めっちゃ文章書くのが好きなんです!」と答えることも重要です。
なぜなら、受け取らないと「実は言われたくないのかな?」「任せない方がいいかな?」と機会損失につながるから。
ーー(編集部)…すごくもったいないことしちゃってました。
吉田さん
周りからのフィードバックは、弱みも強みも受け入れてみる。
そしてフィードバックがたくさん貯まれば、自分の得意と苦手がわかり、自分自身が見えてきます。
そうするとチームや組織になったときに、お互いが得意でカバーし合うことができるようになるんですね。
自分もほかの人も、誰も犠牲にしない組織を増やす
吉田さん
それから、3カ月に1度は「自分のやりたいことができているか」と振り返るのも大事ですよね。
ーー(編集部)「振り返り」って大事だとわかっているんですが、一人でするのが苦手なんですよねえ。
吉田さん
一人じゃなくていいんですよ!
僕も内省や振り返りを一人でするのが苦手なので、振り返りをするコミュニティをつくり、70人程度のメンバーたちと場を設けておこなってます。
ーー(編集部)そうか、その苦手も人と補い合えばいいんですね! 内省や振り返りは一人でするものとばかり思っていました。
吉田さん
人と一緒にすることで、結果的にはフィードバックをもらえる機会にもなるのでおすすめですね。
「人事図書館」でもそれに近いイベントをすることがあるので、ぜひ足を運んでいただけたら嬉しいです。
ーー(編集部)では、吉田さんの今後の目標を教えてください!
吉田さん
人事図書館はオープンして半年ほどなので、まだまだやりたいことがいっぱいありますが…妄想レベルだと、いつか人事系のビルをつくってみたいと思っています。
人事関連企業、人事図書館、イベントスペース、コワーキングスペースなど人事にこだわりきったビルをつくってみたい。そこで新しいつながりや、みんなで学び合えたら面白そうですよね。
僕はライフテーマとして「誰も犠牲にならない組織を増やす」を掲げているので、つながった仲間たちと知見を分け合い、そういう組織を増やしていきたいです。
ーー(編集部)「誰も犠牲にならない組織を増やす」がライフテーマ。どうしてそのテーマを掲げているんですか?
吉田さん
これまでいろんな組織を見てきて、一生懸命頑張っている人が傷ついたり、理不尽な想いをしたりするのが嫌なんですよね。なかには頑張りすぎるあまり、自分の命まで削ってしまう方もいらっしゃいます。
そしてそれは自戒も含めています。「誰かのために」と思ったら、一番先に自分を犠牲にしてしまう。
かつて、僕自身それでメンタルダウンした経験もあるんですが、それでは健全にはたらき続けることができません。
僕は一人で頑張るとそうなりやすいので、コミュニティをつくって助けてもらっているんです。
ーー(編集部)なるほど。吉田さん自身も、チームや組織に救われているんですね。
吉田さん
はい。自分も犠牲にしないし、ほかの人も犠牲にならない。
そんなチームや組織を増やせるように、これからも人事領域にとことんこだわっていきたいと思います。
<取材・文=田邉なつほ>
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