

遠州織物の伝統を未来へ紡ぐ。産地を盛り上げる若手プロジェクト「entrance」の取り組み
遠州の多様性が生む可能性とは
新R25編集部

世界的に評価されている遠州織物。世界的にも希少な旧式の「シャトル織機」で織られる生地は、繊細な美しさと高品質、実用性を兼ね備え、国内外から高い評価を受けています。
そして現在、生産地の遠州では、産地を盛り上げる若手プロジェクト「entrance」がさまざまな活動を行っているんだそう。
業界の垣根を越え、初となるチャレンジにも多数取り組んでいるというプロジェクトが見つめるものとは…?
「HUIS.(ハウス)」オーナー・松下昌樹さんに、話をうかがいました。
〈聞き手=古川裕子(新R25編集部)〉
業界の垣根を越え、可能性を広げる「entrance」の挑戦

松下さん
今回は、遠州織物のプロジェクトチーム「entrance」を紹介させてください。

古川
どんなプロジェクトなんでしょう?

松下さん
「entrance」は、当時古橋織布に勤めていた浜田さん(現entrance代表)が、若手繊維関係者に声をかけて立ち上げた「ひよこのかい」が母体になっています。
そこに遠州地域内のアパレルデザイナー、デザインディレクター、アパレル企業などが加わり、2023年に活動をスタートしました。
遠州産地の技術と伝統を伝え、残すことを目的としています。

古川
いろんな業種の方が集まってるんですね。

松下さん
産地の活性化のためには、業種や個人・企業の枠を超えたつながりをつくることが大切です。
「entrance」では、メンバーのほか、遠州織物を盛り上げたい行政や組合の方、繊維産業の事業者の方々が集まり、隔月で「遠州さんちのみらい会議」を開催しています。


古川
その会議ではどんなことを話し合ってるんですか?

松下さん
遠州産地において、僕たちが考えている課題は大きく2つです。
ひとつは「遠州織物が一般のお客さまに知られていないこと」です。
業界のなかでは最高級の生地として流通しているのですが、アパレルブランドでは生地の仕入れ先はトップシークレット。そのため、いい生地をつくるほど隠されてしまうジレンマがあります。だから一般のお客さまが知ることができなくなってしまうんですよね。
もうひとつは、「後継者がいないこと」です。
これは、ひとつめの課題からつながっていますが、一般の方に知られにくい業界構造の特殊性から、「素晴らしい技術があって需要もあるのに、後継者がいない」という状況が生まれています。
でも若い人にとっては、自分の腕で世界のトップメゾンの仕事ができるわけで、とても魅力的な仕事なはずなんです。
この2つの課題を解決するために、どうしたらいいか意見交換をしながら、イベント企画を考えたり、他産地の交流などもしています。


松下さん
そして2024年は、「遠州さんちの未来会議」で企画した、遠州織物の魅力を体感できるさまざまな取り組みを実施してきました。
「entrance」のウェブサイト開設、百貨店やイベントへの出展、コンセプトショップ「entrance to 遠州さんち」のオープン、小中学校での啓発授業などです。

古川
ほう…! かなり幅広く活動されてるんですね。
東京で開催したイベントは予想を上回る結果に

古川
「entrance」で生まれたアイデアから実現した取り組みって、ほかにはどんなことが?

松下さん
そうですね…たとえば、2024年5月に東京で初めて開催した販売会「entrance marché(エントランス・マルシェ)」と、「さんち職人トーク」のイベント。
販売会では開店前からお客さまが列をなして待ってくださり、トークイベントでは座席が足りないほど多くの方にご参加いただいたりと、大盛況に終わりました。

松下さん
遠州織物の、風合い豊かで使い込むほどに味わいを増す唯一無二の生地は、遠州で受け継がれる希少な織機や技術から生まれます。
そんな生地の数々と産地の技術を体感できる「entrance marché(エントランス・マルシェ)」では、遠州織物のカット生地やオリジナル商品、そして機屋さんや染工場さんが独自に展開しているファクトリーブランドの販売などを行いました。
さらに、産地に関わる職人さんたちのトークイベントは、一人ひとりの人柄や個性が感じられる内容となりました。

古川
職人さんの話を直接聞くと、その人となりや思いが伝わってきて遠州織物をより身近に感じられそうですね。製品への愛着も深まりそう。

松下さん
そうですよね。なので、皆さん真剣に耳を傾けてくださって。
会場は終始あたたかい空気につつまれていて、それがとてもうれしかったです。

松下さん
このイベントは、ありがたいことに予想をはるかに上回る来場者数と売り上げを記録しました。
遠州から離れた地でも多くの方々が興味を持ち、足を運んでくださり、話を聞き、関心を寄せてくださったことは、自信にもなり、希望を感じることができたイベントでしたね。


松下さん
ほかには、セミオーダー会を開催したこともありました。
これも初の試みで、産地職人が生地選びのコンシェルジュとなり、お客さまが好みの生地・好みのパターンで洋服を注文できるサービスです。
職人にとっても、直接皆さまに遠州織物について伝え、生地の魅力を知ってもらう貴重な機会となりました。

古川
好みに合わせて自分だけの服がつくれるなんて、素敵な体験…!


松下さん
さらには2024年8月から半年間限定で、イオンモール浜松市野店内にコンセプトショップ「entrance to 遠州さんち」をオープンしました。

古川
コンセプトショップ…?

松下さん
遠州産地のファクトリーブランドが一斉にそろうショップです。
イベント出展とは異なり、季節ごとに商品が入れ替わるため、新商品をいち早く見ることができます。
また、週末は遠州産地の職人さんが売り場に立つことも。生地やデザインのこだわりを直接聞くことができます。
(※2025年1月末で出店終了)

遠州織物の価値を自ら伝える“出張授業”も

松下さん
また、商品を実際に手に取ったり、着ていただけたりするようなイベント企画以外にも、“伝える”ための新しい活動も始めています。

古川
どんな活動ですか?

松下さん
市内の小中学校さんと連携して、子どもたちに向けた出張授業を行っています。
下の画像は浜松市立舞阪小学校の3年生、4年生120名向けに授業をさせてもらったときの写真ですね。


松下さん
テーマは「遠州織物を学ぶ」です。
「遠州織物」とはどんな生地なのかということと、浜松における地域産業とのつながりを含めた繊維業の歴史という2つの軸で、
・なぜ、そんな高級生地と言われる生地を遠州でつくることができるのか?
・なぜ、そんな高級生地がつくられているのに地元の人に知られてこなかったのか?
・そもそも高級シャツ生地って、どんな生地なのか?
といったことを、授業してまいりました。

古川
子どもたちの反応はいかがでしたか?

松下さん
棚田での綿花栽培プロジェクトの話に「収穫が楽しそう」「糸紡ぎが面白そう」とひときわ興味を持ってくれていたのが印象的でしたね。
ただ、「遠州織物という言葉を聞いたことあるか」ということを最初に尋ねると、ほとんどの子が知らない、と答えていました。
浜松の子どもたちは、浜松が「自動車の街」であることはよく知っているんです。学校でもしっかりと習いますし、地元にも自動車関係の会社に勤める方がたくさんいます。
でも、繊維産業である遠州織物や、国内有数の産出額を誇る農業と浜松とのつながりを教えてもらう機会はあまりないんですよ。

古川
そうなんですね…

松下さん
地域産業というのは、一見別の業種でも必ず密接に結びついています。
自動車メーカーのトヨタも、スズキも、元々は織機メーカーです。そうしたつながりも知ってくれたらいいなと。

古川
それはとても意義のある授業ができたのでは?

松下さん
そうですね。地元の魅力を再発見するいいきっかけにもなったと思います。
教育界も繊維産業もさまざまな課題がありますが、未来ある子どもたちと地元のために協働できることはまだまだあると思っています。


松下さん
また、子どもたち向けとは逆に…
遠州織物の世界に飛び込む宿泊型インターンシップとして、「遠州のトビラ」の運営を行いました。

古川
今度は社会人向けですか?

松下さん
はい。次世代を担う後継者を受け入れる浜松市主催のインターンシップ事業で、「HUIS.」は事業スポンサーとしても協力させていただいています。
この事業では、遠州産地(遠州織物)の技術力の高さ、質の高さ、職人のこだわりを体験できる、3泊4日の宿泊型プログラムを開催しました。


松下さん
さまざまな工場でインターンシップを受け入れてくださり、参加者の方たちに内容の濃い4日間を過ごしていただきました。

古川
伝統と技術をつなげていくための、地道な取り組みですね。

松下さん
職人さんたちの技術、仕事の苦労や楽しみ、後継者不足の現状などを赤裸々に聞くことができるのも、なかなかないチャンスです。
なかにはすでに移住・就職を決めた方もいて。続けていくことで、産地を救い得る事業になると思っています。
参加者の皆さん
“遠州の多様性”が服の楽しみを広げるきっかけに

松下さん
最近では、各地で遠州産地の特長をお話しする機会も増えているのですが、その際、まず紹介させていただくのは「遠州の多様性」についてです。
私たちは、“いいものはこれのみ”という考えを広めたいわけでは決してありません。生地や産地の背景など、さまざまなことを知った上で選択肢があることが大切だと考えています。

古川
なるほど、そのほうが選択の幅は広がりますね。

松下さん
「entrance」の取り組みは、全国的にも注目を集めはじめています。
地域のなかでもクリエイターさんから議員さんまで、毎回新しくさまざまな方が参加してくださっていますし、他産地から視察・交流に来られる機会も多くなってきました。
こうした活動がもっと活発になって、繊維産地というものが一般のお客さまにも、もっともっと知られていくといいと思っています。
さまざまなアプローチで産地の魅力を発信しながら、地元の活性化につなげている「entrance」。
「entrance」の“en”には、遠州の「遠」のほか、循環の「円」、つなぐ「縁」 の意味を込めているんだそう。
プロジェクトが企画するイベントのなかには、もしかしたら遠州織物への入り口となるきっかけがあるかもしれません。
これからの「entrance」の活動にも注目です…!
〈執筆=吉河未布/編集=古川裕子〉
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