企業インタビュー
保守的な自分のブレーキを自ら壊すことが“はたらくWell-being”の一歩目。ホラーの新領域を拓く株式会社闇の代表に聞いた挑戦への飛び込み方
連載「“はたらくWell-being”を考えよう」
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。
現場ではたらくビジネスパーソンの中には、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。
そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。
夏の風物詩のひとつ、ホラー。 怪談話を聞いたり、お化け屋敷に行ったり、暑さを忘れるようなゾクッと体験を楽しむのもいいですよね。
今回紹介するのは、「ホラー」ジャンル専門のクリエイティブカンパニー、株式会社闇の代表・頓花 聖太郎さんです。「株式会社闇」と検索して出てくる企業サイトはさまざまなギミックが施されており、開設当初は「日本一怖い企業サイト」とSNSでも話題になりました。最近では、怪談作家の梨氏とコラボした展示型のイベントも話題になっています。
前職は、デザイン会社に勤めるアートディレクターだった頓花さん。なぜ株式会社闇を立ち上げたのか、一歩を踏み出せた理由を聞きました。
1981年、兵庫県生まれ。新卒でグラフィックデザイナーになり、 2011年 関西の制作会社 STARRYWORKSにアートディレクターとして入社。 大好きなホラーを仕事にすべく2015年、株式会社闇を設立。ホラー×テクノロジー「ホラテク」をテーマにしたエンターテインメントコンテンツを手がける。
頓花聖太郎さんのXアカウント
本日発売の「怪と幽」で
— 頓花聖太郎💀株式会社闇 (@tonka1981jp) August 29, 2024
インタビューしていただいた記事が掲載されています。
稲川淳二氏表紙の回に掲載いただけて非常に光栄です! https://t.co/7hsdAv57pK
「破壊願望」でエンジン全開。 保守的な自分が動き出せたワケ
ーー(編集部)「株式会社闇」の企業サイトを拝見したのですが怖すぎて… めちゃめちゃビビってます。 本日はよろしくお願いいたします。
頓花さん
あはは、企業サイトはかなりこだわりましたから(笑)。 ちなみに今日も作業中の社員がいるので、取材中にもしかしたら悲鳴が聞こえるかもしれませんが気にしないでください。
そう話した数秒後、後ろで作業されている社員さんのパソコンから「キャー!」という女性の悲鳴が。怖い。
ーー(編集部)頓花さんは…って、「頓花(とんか)」はなかなか珍しい名字ですよね。
頓花さん
ありがとうございます(笑)。僕もまだ同じ名字の人に出会ったことはないんですよ。僕は兵庫の山奥生まれなんですけど、確か大阪の岸和田あたりが発祥だと聞いたことがあります。
僕自身、この珍しい名字にけっこうアイデンティティを持っていますね。
ーー(編集部)アイデンティティ。
頓花さん
なんだろうな。「こんなに珍しい名字だから、ありきたりな人生を歩むわけにはいかない」と勝手に思っている節があるというか…
ーー(編集部)そう言われると「株式会社闇の代表」は、ありきたりな人生とはかけ離れてますね。
頓花さん
ほんとうに数奇な運命と言うほかないです。だって僕、会社をつくる気なんてまったくなかったんですから。
ーー(編集部)え! そうなんですか!?
頓花さん
はい。 ホラーは趣味で好きなもの、という認識だったのでホラーが自分の仕事になるとは思っていませんでした。
ーーーー(編集部)会社名にインパクトがあったので、つくりたくて会社をつくったのかと思っていました。ファーストキャリアは、どのように歩まれたのですか?
頓花さん
ファーストキャリアは、グラフィックデザイナーをしていました。自分が思い描いた世界観をつくりたいという思いからデザイン系の大学に進み、その思いを仕事にできる職種として選んだ感じです。
その後、WEBの知識も身につけたいと、サイト制作も行う制作会社にアートディレクターとして転職しました。
ーー(編集部)「世界観を形にしたい」という思いから、キャリアを歩まれてきたんですね。
頓花さん
転機になったのは、テーマパークからホラー系サイトの制作に携わるご依頼をいただいたとき。そのときに初めて「ホラーの仕事ってこうやって生まれるんだ!」と衝撃を受けました。
「自分の好きなことでもあったのでめちゃめちゃ気合が入り、張り切って制作しました」
頓花さん
そんな折り、ちょうど社内で新規事業を立ち上げる動きもあったので、「ホラー事業やりましょう!」とめっちゃ提案しました(笑)。
ーー(編集部)新規事業として考えられていたんですね!
頓花さん
そうですそうです。ただ、会社としてスタイリッシュなデザインを得意としていたり、子ども向け商品を扱っていたりしたこともあって、ホラーは会社の方向性と違うだろうとなかなか響かず…
なので、ホラーがどれだけ面白い可能性を秘めているかを伝えるために、その年の社員旅行で謎解きとホラーを組み合わせた自主イベントを企画しました。
ーー(編集部)「事業として難しい」と言われたら諦めてしまいそうですが、ホラーイベントの自主企画ですか。
頓花さん
予算5万円で、社員のスマホの位置情報と連動させ、指示された地点に行けば新しい指令が届く、謎解きのシステムをつくりました。
ーー(編集部)自主イベントのレベルを超えちゃってますね。そこまで熱量が高かったのは、やっぱりホラーが好きで新規事業にしたいという気持ちが強かったからですか?
頓花さん
もちろんその気持ちもありましたけど、それよりも破壊願望があったんですよね。
ーー(編集部)破壊願望。
頓花さん
実をいうと、僕自身はかなり保守的で、いろんなことを「僕にはできないだろうな」と行動する前から諦めてしまうタイプなんです。
頓花さん
一方で、「どうせ無理」がいきすぎると全部をぶっ壊したくなる瞬間がくるんですよ。恐らく、9割は諦めているのに残りの1割では「自分が本気を出せば世界を変えられる」と思っているんです。
だから、同じ現実が続きすぎると「このままでは今の状態が続いてしまう!」「それでいいのか!」と焦燥感を強く感じる人格が顔を出して、すべてを破壊していく。今までとはまったく違うことをしたいと思うエンジンが、急に全開になるんです。
ーー(編集部)全部を変えたいという気持ちが頓花さんに火をつけた。
頓花さん
そうですね。手をあげたら物事は大きく動き出すだろうなという感覚だけはあったので、「じゃあ、変えてやろう!」と思えたタイミングでした。
自主企画が好評をもらえたことと、会社のブランディングの違いから事業ではなく子会社にしてみようという話があがり、株式会社闇がスタートしました。
謝る“ポーズ”をすれば、意外となんでもできる
ーー(編集部)エンジン全開だったからこそ、会社を立ち上げる覚悟はすぐに決まったんですね。
頓花さん
いや、全然です! そうなったらそうなったで、また保守的な自分が「ほんとうに大丈夫?」と顔を出しまして。なので、ちゃんとシミュレーションをしました。
ーー(編集部)シミュレーションですか。
頓花さん
日本全体のホラー市場の規模を調べたり、競合はないかリサーチをしたりして、事業計画書を作成しました。どこに強みをおけば自分たちは生き残れるのかをちゃんと考えましたね。
ーー(編集部)調べた結果、日本のホラー市場への参入はできそうだと?
頓花さん
はい。市場規模でいうと、昔から当然あります。ホラー映画、ホラーゲーム、ホラー小説といったエンタメから、お化け屋敷や脱出ゲームなどの非日常体験を提供するイベント市場とか。ただ、媒体ごとのいちジャンルとしてホラーがあるので、ホラージャンル全般に特化している会社は意外と少なかった。
ゆえに、媒体レスにホラージャンルを担えれば、十分参入できることがわかりました。
ーー(編集部)先ほど「破壊願望」とのお話があったので、勢いよく会社を立ち上げたのかと思っていたのですが、現状を分析して覚悟を決めていかれたのですね。
頓花さん
基本は保守的ですから(笑)。でも今思えば、そういうリサーチや事業計画書は言い訳だったなと思いますね。
リサーチや事業計画書が、言い訳?
頓花さん
「これだけ調べたから大丈夫だろう」と自分が一歩踏み出すための心理的ハードルを下げることや、周りを巻き込みやすくするための言い訳です。実際会社がスタートすると、事業計画書通りにはまったくなりませんでしたから。
ーー(編集部)とはいえ、安心材料があれば一歩を踏み出すきっかけにはなりそうですよね。
頓花さん
そうですね。僕も30代になってからの挑戦だったので、年齢を重ねてからの挑戦に尻込みしてしまうなら、シミュレーションをしてみるのもいいかもしれません。
ーー(編集部)ではたとえば、もっと若いときの挑戦であればなんと声をかけますか?
頓花さん
それはもう、「できないことは何もない!」ですね。特に今の時代は、いろんな会社やいろんなはたらき方があるので、定年まで同じところに留まる人は少ないじゃないですか。
そう思えば極論、周りに嫌われようがあまり障害にはならないと僕は思います。ポーズさえしてればね。
ーー(編集部)ポーズ?
頓花さん
そうそう。とりあえずやってみた結果、すごく失敗したらすごく謝る(笑)。「申し訳ありませんでした」と謝って、3日間ぐらいシュンとした姿を示せば「反省してるんだな」と思ってもらえる。もちろん、実際に反省して次回にどう活かすかは考えてますよ。
とはいえ経験上、謝れば済むことが意外と多かったなとも思っているので、とりあえずやってみるといいんじゃないかな。
新しい世界観をつくるために、仕事をするうえでひとつの縛りを設けている
ーー(編集部)今年で10期目を迎えられた株式会社闇ですが、改めてどのような事業をしているか教えてください。
頓花さん
「ホラー」にカテゴライズされるものであれば、映画、小説、ゲーム、イベントなど媒体問わずあらゆる制作に携わります。
お化け屋敷の企画・プロデュースや、ホラーを活用したプロモーション、VRゲームの映像制作までなんでもですね。
ーー(編集部)「ホラー」が軸なんですね。
頓花さん
そうですね。加えて、闇の表現でいうと「ダークエンターテインメント」に分類されるものも闇の範囲だと思っています。
ーー(編集部)ダークエンターテインメントというと?
頓花さん
たとえば、ミステリーやサスペンス要素が含まれているものや、人間が一番怖いことを指すヒトコワ系も僕らの領域です。
ほかにも、怪談作家の梨さんとコラボした『行方不明展』のような、奇妙な感覚を体験できる展示イベントなどもダークエンターテインメントの一部ですね。
ーー(編集部)なるほど。お化けバーン! 悲鳴ギャー! という、わかりやすいホラーではない、不気味さや奇妙さも闇の領域なのですね。
頓花さん
はい。闇を立ち上げてからは、巡り巡って「自分の思い描く世界観をつくる」ことが仕事になっているので、とてもやりがいを感じています。
ーー(編集部)頓花さんが思い描く世界観とは、どういうものですか?
頓花さん
まだ誰も見たことのない、新しい世界観をつくりたいと思っています。ひとつの世界観を突き詰めるよりは、「こんなもの見たことなかった!」と思われるような世界観をつくりたい。
だから仕事をするうえで、「少なくとも1個は新たな発明をいれよう」という縛りを自分の中で設けています。
ーー(編集部)発明をいれる!今まで携わられてきたお仕事の中でいうと、「これは発明できた!」と思い浮かぶものはありますか?
頓花さん
どれも選びがたいですが、先ほども紹介した『行方不明展』を含めた、怪談作家の梨さんとコラボしてつくり上げた3つの作品は、闇としても新しい1歩になりました。
「天才作家の梨さんと出会えたことは、大きなターニングポイントになりました」
頓花さん
というのも、これまでの闇はプロデュースから制作まで自分たちで担うことがほとんどでした。ですが梨さんとの作品は、梨さんが物語パートを担い、闇は彼の世界観をどう演出するか、どうプロデュースするかに特化しました。
ーー(編集部)なるほど。コラボされた3つの作品がどういったものか教えてください。
頓花さん
一つめは、怪文書をテーマにした考察型展示「その怪文書を読みましたか」。ありがたいことにチケットは即完し、渋谷からスタートした展示は広島、大阪、博多、横浜でも開催しました。
会場内の怪文書を読むとひとつのストーリーが浮かび上がり、考察が盛り上がるような設計にしました。
怪文書をテーマにした考察型展示「その怪文書を読みましたか」
頓花さん
二つめは、行方不明をテーマにした展示「行方不明展」です。こちらは9月1日まで開催されているので、ぜひ足を運んで梨さんの世界観を味わってほしいです。
三つめは、インターネットを活用したホラー作品「つねにすでに」ですね。アルファベットA~Zまでの短編ホラー作品なのですが、いろいろな仕掛けが散りばめられていて、全体としてもひとつの物語になっています。
ーー(編集部)怪文書、行方不明、「つねにすでに」、ちょっとお伺いしただけでも気になるものばかりです。
頓花さん
おかげさまで、「その怪文書を読みましたか」「行方不明展」のふたつの展示は、チケットの売れ行きも好調です。展示だけど物語があることで、新しい没入体験を提供できているのかなと思います。
「つねにすでに」も更新自体は終わりましたが、まだまだリアルタイムで考察が盛り上がっていますね。
これは裏話ですが、僕が2チャンネル文化が好きだったこともあり、ひとつの話題に対してわーっと盛り上がるネット上での「祭り」をつくりたかったんです。当初のプロジェクトネームは「祭り」で、見事実現できたかなと思っています。
ーー(編集部)どれもSNSでの反響もすごかったですよね。頓花さん的には、この盛り上がりは予想されていましたか?それとも、予想以上でしたか?
頓花さん
予想以上ではあったものの、梨さんの世界観を存分に味わってもらうために全身全霊で設計したので、「絶対ハマるぞ」という自信はありました。
保守的な自分のブレーキを、自分自身で壊していく
ーー(編集部)ホラージャンルを担う株式会社闇にとって、ユーザーからどんな言葉をもらうと嬉しいですか? やっぱり「怖い!」とか?
頓花さん
「怖い」はもちろんですが、まだ見ぬものをつくりたいと思っているからこそ「こんな体験初めてだった!」や「初めて見た!」と言われると嬉しいですね。
逆に、「前にも見たことがある」「よく見るパターンだ」と言われると、まだまだだなと感じます。
頓花さん
怖いは前提として、闇では怖いだけじゃないものを目指したいと思っています。「怖かった」だけじゃなく、体験そのものの楽しさや満足を感じてもらい、「怖かったけど楽しかった」「怖かったけど面白かった」の言葉が聞けたら本望ですね。
ーー(編集部)怖い一辺倒ではない体験こそが、「新しい世界観をつくり出す」ことにつながるんですね。
頓花さん
自分たちで企画、プロデュース、制作を行っているので、ユーザーの反応もダイレクトにいただくことができるんです。SNSを見たり、お化け屋敷の出口に立って反応を見たり、アンケートをいただいたり。ただ、ユーザーの顔色を伺いすぎるとありきたりなものになってしまうので、2割は裏切れるようにしたいと思っています。
ーー(編集部)お話をお伺いしていると、「まだ見ぬものをつくる」はどちらかと言うと変化や挑戦で、保守的な頓花さんと相反するのでかなり体力がいるのかなと思ったのですが…
頓花さん
ほんとそうですね(笑)。僕はほっとくと、「昨日と同じ毎日が続いたらいいのに」「流れ作業をし続けたい」とすぐ思ってしまいます。
だから、あえて言葉にして宣言したり、したいことをテキストにしたりすることを意識的にしています。
ーー(編集部)意識的に自分のブレーキを外しているんですね。
頓花さん
そうしないと、すぐに保守的な自分に引っ張られちゃうから(笑)。
仕事ってしんどいからこそ、どうせしんどい思いをするなら見たことあるものをつくるのはもったいないし、どうせやるなら新しいものをつくりたい!…って宣言しておくことが、僕の“はたらくWell-being”の一歩目ですね。
ーー(編集部)最後に、今後の目標を教えてください。
頓花さん
闇は、2018年に関西の放送局MBSグループに入り、2024年3月には映像コンテンツを手がける株式会社UNITED PRODUCTIONSと資本業務提携をしました。これからは自分たちでリスクをとって、本当の意味で自分たちがつくりたいもの、世界観をつくれる土壌ができたなと感じています。
怖さの先にある楽しさや面白さをどんどんつくり、ユーザーに「これは!」と思ってもらえるような、まだ見ぬエンタメをつくっていきたいと思います。
<取材・文=田邉 なつほ>
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