企業インタビュー
素材の価値を消費者に伝える。アパレルブランド“HUIS”が「産地発ブランド」を名乗るワケ
消費者に認知されないカラクリとは
新R25編集部
皆さんは、お米は何が好きですか?
魚沼産コシヒカリ、秋田県産あきたこまち、北海道産ゆめぴりか、山形県産つや姫…
お米の産地とブランド名って、スラスラ出てきますよね。
でも、それが国産ファッションだとどうでしょう?
実は農産物の産地がよく知られているのに対し、繊維の産地はほとんど知られていないそう。遠州織物のアパレルブランド「HUIS(ハウス)」のオーナー・松下昌樹さんに、その理由をお聞きしました。
〈聞き手=森田志穂(新R25編集部)〉
元市役所職員。繊維産業のことはまったく知らなかった
松下さん
2014年にスタートしたHUIS(ハウス)は、静岡県の西部・浜松市を中心とした地域で生産される高級生地「遠州織物」という生地を使ったアパレルブランドです。
森田
ブランドが立ち上がってから、今年で10年目。
松下さんは、HUISの前は市役所に勤めていたとか…?
松下さん
そうなんです。
僕は浜松市の職員として10年勤めていたうち、退職するまでの7年間は農林水産業の振興業務を担当していました。
そこでは流通、組合(農協・漁協・森林組合)、地産地消など、さまざまな一次産業に関わる業務を担当していて。
頭の中のベースはどっぷり一次産業でした。
森田
繊維産業のことは…?
松下さん
ぜんぜん知らなかったんですよね、市役所にいたのに恥ずかしながら(笑)
でも当時「遠州織物」というすごいものがあるよと教えてくれた方がいて。
それがHUISのブランド立ち上げにつながるわけなんですが、当初は、他にもそういう良い生地を作っている地域や、国があるものだと思っていました。
森田
どういうことですか?
松下さん
たとえばお米だったら「魚沼産コシヒカリ」、牛肉なら「松阪牛」のようなブランドがありますよね。でも、魚沼市以外にもおいしいお米を作っている地域、松阪市以外にもおいしい肉牛を育てている地域もあるわけです。例えば、「あきたこまち」や「神戸牛」など。
それぞれの産地は他にもたくさんあって、それぞれブランド化を図って切磋琢磨している。
遠州織物も、繊維産業における数ある産地のなかの一つなのかなと思ったんです。
松下さん
でも、遠州織物について少しずつ知っていくと、旧式の織機を使った高級綿糸の細番手高密度の生地(アパレルにおけるいわゆる高級生地)を作っている地域なんて、国内にも、海外にも、もうどこにもない。
遠州織物のような生地を織っているのは、唯一遠州だけで、とんでもない技術を持った機屋さんたちががんばっている、ということが分かるようになりました。
森田
すごい希少な技術だと。
松下さん
そうなんです、生地のことを知るほど、そのすごさが分かるようになって。
と、同時に、繊維産地ってぜんぜん一般消費者に対して情報が伝わらないものなんだ、と思いました。
だって、「魚沼産コシヒカリ」も「松阪牛」もはっきりとブランド化されていて、消費者にも認知されているのに。
森田
なぜ、「遠州織物」は知られていないのでしょう。
松下さん
農産物と比べると、「生地」は、とにかく生産者から消費者までの距離が遠いんですよね。
繊維業の特徴のひとつは、流通において、中間に関わる人が多いということです。機屋さんで織った生地は、産元やコンバーター、生地商社、デザイナー、ブランドなどなど他にもさまざまを経由してやっと私たちのもとに届きます。
そしてアパレルは、素材そのものの価値よりも、デザインや見せ方といったものが尊重される世界です。
僕は、それ自体はとても文化的で尊いことだと思います。だからファッションはこれほど魅力的で、大きな産業になっている要素だと思います。
松下さん
ただ、たくさん人を介することで、素材そのものの情報はどんどん薄まっていきます。どの国で、どの産地で作られた生地かという情報すら、流通の途中で消えてなくなってしまう。
実際、洋服屋さんの売り場で、そんな話を聞くことってないですよね?販売員も、デザイナーでさえも、残念ながらそういう情報を知る機会がないのです。
だから、遠州に住む人すら、遠州織物のことを知らないのです。
そして、素材の価値の情報が薄くなるのであれば、効率良く生産できる安価なものに置き換わっていくということが、実際、自然なことだと思います。
農産物の「◯◯産」は消費者に伝わりやすい
松下さん
HUISをスタートしてから、だんだんといろんな“産地ブランド”さんたちと交流するようになりました。
そうすると、いろんな産地や生地のことを知るようになるんですよね。
繊維産地のことを知るたびに、“あ、生地って農産物と全く同じなんだ”と考えるようになりました。
森田
農産物と同じ?
松下さん
農産物は、その土地の環境に合ったものが特産品として育ちます。
繊維産地も同じです。
例えば、群馬県桐生市はシルク生地の産地だったり、兵庫県西脇市(播州)は遠州と並ぶ綿織物の産地だったり。
松下さん
…まず、農業のお話からさせてください。
たとえば遠州は農業が盛んな地域です。
日照量が豊富で、地域内に気候や地形・土質が異なるさまざまエリアがあり、多種多様な農産物が生産されています。
森田
土地に恵まれているんですね。
松下さん
そのなかで「みかん」が育つ地域は、山間地に近い地域で、大きな石が土の中にごろごろとあるような痩せた土地です。
糖度を高めるため豊富な日照量が必要で、根からの水の吸収をどれだけ防ぐことができるか、というところがポイントなんです。
松下さん
一方で、セルリー(セロリ)が育つのは、天竜川西岸や浜名湖東側の地域です。
ここは栄養分が豊富でふわふわの洪積埴壊土が広がっているため、栄養を必要とする西洋野菜がよく育ちます。
川や湖に隣接する土地は、大昔は川だったことが多く、山から流れてきたたくさんの養分を土が含んでいるためです。
松下さん
その地域の土質や気候など、環境に合ったものが自然と特産物になるわけです。
こうした地域ごとの特産物の産地化を、生産・流通・ブランド化の面で大きな役割を果たしてきたのが、各地域に根付く農協(農業協同組合)です。
森田
そういえば松下さん、市役所にいたときに流通や農協に関わっていたんですよね。
さすがの視点…
松下さん
農作物に洋服のようなデザインディレクションは不要です。
中間に関わる人たちが、常に◯◯産という情報を信頼性の根拠として、素材そのものを流通させていきます。
森田
「どこでどんなふうに作られたからおいしい」という情報が、そのまま消費者のもとに届いているんですね。
松下さん
そうです。
これは水産物についても同じことが言えます。
そのおかげで、私たち日本人は、味だけでなく、地域性も感じられるこんなにも豊かな食文化を享受することができているのだと思っています。
「今治タオル」が全国的な知名度を誇るワケ
松下さん
では、綿織物の産地はどうかというと…
太平洋側に面した日照量の豊富な地域は、ほとんどが綿織物の産地となっています。
そのため綿織物の産地は、現在も農業がさかんです。
遠州織物の歴史も、綿花の一大産地となった江戸時代中期以降を発祥とし、綿花栽培が繊維業の基礎にあります。
松下さん
一方で、日照量の乏しい北陸地域は化学繊維の産地、群馬や山梨といった内陸部では養蚕を基とする絹(シルク)織物の産地。
森田
日照量と繊維産業の関係は、想像しませんでした…。
本当に“農業”みたいですね。
松下さん
ただ、知られにくい繊維産地のなかでも、「今治のタオル」「岡山のデニム」といったものは一般の方にも比較的よく知られているのかなと。
森田
たしかに知っています! なぜ有名なんだろう。
松下さん
僕はその理由は、生産品が「最終製品」により近いものだからだと考えています。
松下さん
素材そのものが最終製品に近いということは、デザインをするという役割も薄く、生産者から流通までの間に介する人が少ないということです。
森田
確かに、タオルはまさしく素材に近いですね。
松下さん
だから比較的農産物に近く、結果、産地そのものがクローズアップされやすい傾向があるのだと思います。
裏を返せば、「旧式のシャトル織機で織った細番手高密度の生地」というゴリゴリの中間材である遠州織物のような産地は、とても知られづらいのは自然なことではあるんです。
産地発ブランドの未来のために
松下さん
こうしたなかで、国内の繊維産地のことがきちんと知られ、職人さんたちや生産を担う方々にスポットがあたるためには、流通の中間を担う僕のような立場の人間が、どれだけ産地の価値ある情報を発信していけるか、が鍵だと考えています。
松下さん
HUISのような“産地発ブランド”は、生地を仕入れるために介する中間事業者がいないので、ゼロ距離で産地、技術、生地の情報を得て、価値を知ることができます。
これほど恵まれた環境はありません。
多種多様、豊かな繊維産地が国内にあり、それを担っている人たちがいます。
たくさんの人に知ってもらえることは、地域の人の誇りになり、日本人にとっての誇りになります。
松下さん
遠州以外にも、世界中でここでしか作れない!という生地を作っている繊維産地が、日本にはまだまだたくさんあるんですよ。
農産物みたいに、自分はここのこれが好きなんだ、って推しがあると楽しいじゃないですか。
WEBやSNSが発展し、生の情報・本当の情報を知ることができるようになった現代で、「産地発ブランド」と言われるブランドがもっともっと生まれ、そういう核になる人や組織が、各地域に現れることを期待しています。
僕はそうしたブランドさんたちと切磋琢磨して交流する未来を作っていきたいです。
繊維産業は、“農業”だという松下さんならではの着眼点。
ひとつの服を構成する生地が生み出される元をたどっていくと、食べ物同様、“つくってくれた人がいる”ことに思いが至ります。
そして純国産・産地発ブランドの「HUIS」だからこそ、近い距離で生産者の顔がわかるのはとても幸せなこと。ぜひ興味を持った方はHPもチェックしてみてくださいね!
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