企業インタビュー
湯加減の良いパブリックライフを耕して「はたらくは生きる」と語る青木純の“はたらくWell-being”
連載「“はたらくWell-being”を考えよう」
新R25編集部
リモートワークの浸透などと相まって、「はたらき方改革」が世間の潮流となって久しい昨今。
現場ではたらくビジネスパーソンの中には、「本気で仕事に打ち込もうと思ったらはたらき方改革なんて無理」 「自分らしいはたらき方なんて難しい」と感じている人もいるはず。
そこで、パーソルグループとのコラボでお送りする本連載「“はたらくWell-being”を考えよう」ではモヤモヤを感じているあなたへ「令和の新しいはたらき方」を提案していきます。
「賃貸物件でも、自分らしい部屋にしたい!」。そんなふうに思う新R25読者も多いのではないでしょうか。
そんな願いを叶えるのが、東池袋にある「ロイヤルアネックス」です。入居時に10,000種類の壁紙から好きな壁紙を選べる「カスタムメイド賃貸」や、間取りの設計からリノベーションに参加できる「オーダーメイド賃貸」など、ユニークな取り組みをしています。仕掛け人は「ロイヤルアネックス」の大家、青木純さん。それらをきっかけに2014年、「TEDxTokyo」へも出演しました。
現在は共同住宅事業、公共空間における賑わい創出事業、「都電テーブル」という飲食事業など「暮らし」を軸に事業を展開しています。そんな青木さんにとっての“はたらくWell-being”とは何かを聞きました。
1975年東京都生まれ。コミュニティが価値を生む賃貸文化のパイオニア。「青豆ハウス」(2014年)や「高円寺アパートメント」(2017年)では住人と共に共同住宅を運営、主宰する「大家の学校」(2016年)で愛ある大家を育成する。生まれ育った豊島区を起点に都電荒川線沿線に飲食店「都電テーブル」(2015年)を展開、「南池袋公園」(2016年)や池袋東口グリーン大通りを舞台にした「IKEBUKURO LIVING LOOP」(2017年)では地元企業と共創して官民連携事業に取り組んでいる。著書に『パブリックライフ-人とまちが育つ共同住宅・飲食店・公園・ストリート』(馬場未織共著)。日本中で地域の日常や関係づくりに取り組んでいる
「暮らし」の大元である不動産と人の関係に、もどかしさがあった
ーー(編集部)今回、青木さんが大家をされている「青豆ハウス」にお伺いさせていただきましたが、とっても素敵な物件ですね!
青木さん
ありがとうございます。「青豆ハウス」は“育つ賃貸住宅”をコンセプトに、2014年にスタートしました。
まちの人と日常的に挨拶やコミュニケーションが生まれるきっかけになるようにという住民のアイデアのもと、1階にはまちのキヨスク「まめスク」や、自由に本が借りられる「まちの本棚」があります。
住む人と集う人の両者で、顔のみえるネイバーフッドの関係を育てているんです。
青豆ハウスの1階にある「まめスク」では住人たちによるフリマも開かれている
ーー(編集部)ではさっそくですが、まずは青木さんの現在のご職業をお伺いしても良いですか?
青木さん
職業…そうですね。大家でもあり、飲食店を経営する経営者でもあり、「大家の学校」というスクールの校長でもあり、ひと言では言えないかもしれません(笑)。
11期を迎えた大家の学校。全国から大家さんはもちろん、大家さん以外にもコミュニティ運営に関心のある受講生が集い、半年をかけて学び合う。
ーー(編集部)確か、現在は3社の代表をされているんですよね。
青木さん
はい、そうです。僕の基盤となっているのが、前述の「青豆ハウス」やジェイアール東日本都市開発の所有していた社宅をリノベーションした「高円寺アパートメント」などの共同住宅の運営をする株式会社まめくらしです。
あと僕の地元、豊島区の南池袋公園やグリーン大通りといった公共空間を活用した、新しい日常づくりに取り組む株式会社nestと、地域に密着したまちのもうひとつの食卓「都電テーブル」という飲食業を展開している株式会社都電家守舎の共同代表をしています。
そのほかにも、地方都市で街の価値を高める取り組みをしている会社の取締役として、いくつか参画しています。
南池袋公園やグリーン大通りを舞台に「まちなかリビングにある日常」を育むIKEBUKURO LIVING LOOPを青木さんたちは地元企業と共創している。
ーー(編集部)人々の暮らしや、暮らしにまつわる地域づくりを軸に事業展開をされているんですね。
取材日は、出版イベントで午前中まで神戸にいらっしゃったという多忙ぶり
ーー(編集部)そもそも、これまではどのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか?
青木さん
僕は新卒で不動産会社に就職し、主に中古住宅の仲介業務をしていました。
ーー(編集部)今のお仕事につながりそうなファーストキャリアですが、もともと「暮らし」に興味があったうえでの就職だったのですか?
青木さん
これが全然違っていて、どちらかというと消去法で業界を選びました(笑)。
ーー(編集部)消去法!
青木さん
はい。僕が就活していた当時は、俗にいう就職氷河期でした。
なので、せめて何か資格があったほうが就活に有利かなと考え、「宅地建物取引士」の資格を取ったんですね。それで資格を活かせる仕事として、不動産業界を選びました。
ーー(編集部)どうして「宅地建物取引士」の資格だったんですか?
青木さん
それもたまたまで(笑)。当時父が「宅地建物取引主任者」の資格を取っていて、「資格があるほうが就活にも有利だと思う」と言われて、じゃあ…という感じでした。
就職後は、お客さまと1対1でやり取りする営業マンとしてのキャリアを5年、その後インターネットが普及し始めた影響で、WEBを介してより多くのお客さまと接点を創出する営業企画部に異動になりました。
その後転職し、全国の不動産会社とつながりを持つ不動産メディアの運営をしていましたね。
ーー(編集部)お客さまとの1対1から、対多数のお客さま、そして対全国の不動産会社とスケールがどんどん大きくなっていますね。
青木さん
まさしくです。ただ、スケールが大きくなればなるほど、不動産と人の関係にもどかしさを感じるようになりました。
ーー(編集部)もどかしさ、ですか。
青木さん
貸主も、借主も、情報だけが判断基準になってしまっているというか…
たとえば貸主は「借主には支払い能力があるか」 「何人で暮らすのか」、借主は「築何年か」 「駅から徒歩何分か」といった情報だけでマッチングすることになるんです。
ですが不動産、つまり家は、暮らしの大元です。本来であれば貸主は「この街に新しくどんな人が住むのか」、借主は「この街にはどういう暮らしがあるのか」 「どんな生活ができるのか」、両者がそういった視点を持って関係性が結ばれてもいいはずなんです。
ーー(編集部)私も家を借りるとき、条件は見ますが「どんな生活ができるか」までは考えられていなかったかも…。
青木さん
貸主は空室を埋めたいのでどんな人が住むかを知らないまま部屋を貸し、一方で借主も「条件的にここでいいか」と妥協して選んでしまう場合もあります。そうすると物件や街への愛着が生まれづらい。
不動産と人がつながることで共同住宅にも街にも人が増え、地域が活気づくチャンスかもしれないのに、すごくもったいないなと感じていました。
ーー(編集部)せっかくのチャンスが、うまく生かされていないんですね。
青木さん
そんなもどかしさを感じていたタイミングで、生まれ育った賃貸住宅の運営を引き継ぐことになり「このもどかしさを、自分の手でなんとかしてみよう!」と、大家業に舵を切りました。
ただ、引き継いだ物件というのが、まず選んでもらえない物件だったんですよね。
大多数に惑わされず、目の前の人の満足度を最大限あげる
ーー(編集部)といいますと?
青木さん
築25年以上、そして大きな道路に面しているので音も気になるという…
実際、引き継いだときには、空室率が30%近くになっていたんです。
賃貸経営において、空室率は5〜10%程度だと収益的に安定すると言われているんですけど。
ーー(編集部)めちゃめちゃピンチじゃないですか…!
青木さん
そこで始めたのが、入居者に10,000種類以上のなかから壁紙を選んでもらう「カスタマイズ賃貸」です。
住人と壁紙を選ぶ時間が楽しかったと青木さんは語る。
青木さん
きっと「賃貸でも自分らしい暮らしをしたい」と思う人がいるんじゃないかと想像して始めてみました。
するとまさに、「部屋の壁紙を自分で選べるなら住みたい!」という方が徐々に集まり始め、最終的には空室待ちが出る状況にまでなりました。
ーー(編集部)なるほど、潜在的に「賃貸への窮屈さ」を感じていた人がいたんですね。
青木さん
そうなんです。物件の条件だけでは比較の対象にはならないかもしれないけれど、「どんな部屋で暮らしたいか」を入口にした取り組みを始めたところ、大きな反響がありました。
さらに、「カスタマイズ賃貸」で入居してくれた方は部屋を気に入ってくれているので、長く住んでくださいます。そして「住み心地の良い家だから友達を呼びたい」と思えば、ご近所との関係もちゃんとしておきたいから、すれ違ったら自然と挨拶を交わすようになる。
気がつくと賃貸住宅にコミュニティができ、住んでいる街にも愛着が湧いたという住民が増えていたんですね。
ーー(編集部)不動産と人の関係が、「暮らし」になってます!
青木さん
「カスタマイズ賃貸」の取り組みを通して僕は、少人数でもいいからちゃんと満足する人を増やせば、結果として大きなうねりになるのだと学びました。
僕がしたことは、簡単に言えば「壁紙が変えられる」、それだけです。先進的なことは何もしていないけど、暮らしの豊かさを芽吹かせられるのだと実感しました。
ーー(編集部)建物ひとつで、人と街に好影響が生まれるんですね。
青木さん
ただ、「暮らし」というのは不動産だけで完結することではないということがわかったのも、このころです。街としての問題や都市課題の影響を存分に受けるということも学びました。
自分の地元が「消滅可能性都市」との指摘を受けたことが、今日の事業展開に
青木さん
転機となったのは、2014年。日本創成会議で豊島区は東京23区で唯一、消滅可能性都市と指摘されたんです。
ーー(編集部)消滅可能性都市!?
青木さん
驚きますよね。20歳〜39歳までの子育て世帯層が今後30年間で半減するとの予測がなされ、子どもが減ることで必然的に税収も減って、今の行政が維持できなくなる。
豊島区は、経営破綻する可能性がある都市だと。
ーー(編集部)ええ! 東京23区のひとつが経営破綻!?
青木さん
当初はその話を聞いてもあまりピンときていませんでしたが、住民たちのなかで子どもが生まれても待機児童になってしまう家庭がいくつかあり、豊島区から転出するご家族が出始めたときに「こういうことか!」と思い知らされました。
どんなにいい住環境があっても都市課題によって人は流出してしまう。となると、僕らのような大家は再び空室に頭を抱えることになります。この状況を「なんとかしないといけない」と思い、子育て世帯が暮らしやすい地域づくりを始めたんです。
ーー(編集部)そもそも街に“人”がいないと、大家業も成り立たないですもんね。
青木さん
事務所テナントが入っていたスペースを細かく区切って、学童のような幼児教室をはじめたい事業者を探して入居してもらったり、子連れで利用できるコワーキングスペースの運営を自ら始めたり、他にも子育て世帯が入りやすい飲食店として…
ーー(編集部)あ! 青木さんが運営されている「都電テーブル」ですか?
青木さん
そうです。“まちのもうひとつの食卓”がコンセプトの都電テーブルは、日本全国の生産者から提供いただいた安心・安全で美味しい食材を使った素朴なメニューを提供しています。
2015年当時オープンした1号店では、生産者の安心で新鮮な食材を使ってワークショップを子育て世帯に向けて開催していた
ーー(編集部)賃貸住宅に住んでもらうことを考えた結果が、今の3つの事業展開になったのですね。
青木さん
まさに。南池袋公園や池袋駅東口に位置するグリーン大通りなどのパブリックな空間を活用した賑わい創出事業も、豊島区の魅力を高めたいという想いからスタートしました。
僕らやほかの事業者の地道な取り組みが少しは影響があったのか、結果的に豊島区は、2020年に「SDGs未来都市」 「自治体SDGsモデル事業」にダブル選定され、2024年には消滅可能性自治体から脱却しました。
青木さんたちの活動もあり子育て世帯に人気の街になった豊島区
青木さん
厳しいことを言いますが、今は人が減っていく時代で、どんなにいい空間、どんなにいいサービスがあったとしても、街や地域の価値が高まっていないと住宅も飲食店も選ばれない現実があります。
ーー(編集部)建物や空間だけでなく、街や都市、地域といった全体で考えないといけないんですね。
青木さん
最初はうまくいかないことばかりでしたよ。たとえば、公園でマーケットをしたいと思っても、どこの許可が必要なのか、誰が管理しているのかもわからなかったので。
とくにパブリック空間での取り組みは行政や自治体、警察との関係性づくりが必要で、ちょっと進んでは戻るの攻防戦になったことも…
自分たちの理想を実行するには、たくさんの壁があることを思い知りました。
ーー(編集部)官民連携って一筋縄ではいかないんですね…私なら途中で心が折れてしまうかも。
青木さん
それは、100点を目指そうとしてるからかもしれません。最初はね、100点じゃなくていいんですよ。10点、20点でもいいから、まずやってみる。
ーー(編集部) 先ほどの「少人数でもいいから満足する人を増やす」のように、小さなことでもまずやってみることと通じますね。
青木さん
そうなんです。千里の道も一歩から。やってみることで課題にも気がつきますし、一方で少しずつ解像度も上がり、たとえば相手の立場や言い分もわかるようになります。
最初は「なんでこんなことを言ってくるんだ!」と思っていたのが、「そうか、この立場だからこれが大切なんだな」とわかるようになる。徐々に歩み寄りポイントも見えてくれば、自然と取り組みもスムーズになっていくんですね。
ーー(編集部)やってみないとどこに問題があって、そもそも何を解決したらいいのかもわからないですもんね。
青木さん
そのうえで、1人でできることには限界があると感じた僕は、周りの人を頼れるようになりました。すると結果として、関わる人が自分だけじゃなくなるから諦めなくなるんですよ。
「なんとかしよう」 「次にできることは何だろう」と、前に前に進むんですね。
今ではたくさんの運営キャスト、まちの住人や個店の店主や地元企業など多くの仲間たちがかかわり、まちをあげての文化祭のようになったIKEBUKURO LIVING LOOP。
「我がままに」、短いはたらく人生を謳歌する
ーーここまでお話をお伺いさせていただきましたが、青木さんにとっての“はたらくWell-being”とはなんですか?
青木さん
まず自分でやってみること。今自分ができることを、自分がするしかないからやってみる。
僕も「カスタマイズ賃貸」を始めたとき、周りからは「壁紙変える人なんているの?」と言われました。だけど、自分で腹を括って一歩踏み出すことが大切なんです。
ーー(編集部)「やる」という覚悟を決めることが大事なんですね。そのためには何が必要だと思いますか?
青木さん
パーソナルに閉じこもらずにパブリックに身をおいて人と交わること、かな。
ーー(編集部)パブリックな空間に出る。
青木さん
内に籠って悶々とするよりも、誰かと話したり、コミュニケーションをとったりすることで自分にはない価値観に触れ、ヒントが見つかることが大いにあると思います。自分自身の可能性や存在価値にも気がつけるはずです。
ーー(編集部)でも、「恥ずかしさ」や「怖さ」からなかなかその一歩が踏み出せない人も多いですよね。
青木さん
それは、自分を知らないからかもしれません。何かを言われるかもしれないから恥ずかしい、何を言われるかわからないから怖い。
だけど自分が何を好きで、何を苦手か認識していれば、「我がままに」いられると思うんです。
ーー(編集部)「我がままに」。自分中心の「ワガママ」と似て非なるワードですね。
青木さん
自分の好きも苦手もちゃんと知って、受け止めていれば「これが私だ」と思えて、自信にもなるはずです。そうすれば周りと比べたり、できない自分を責めることもないように思いますね。
取材は青豆ハウスで行われた。写真は竣工10周年を迎えて住人やご近所さんたちにお祝いされる青木さん。
青木さん
はたらける時間は大体60年ぐらいで、次々とやりたいことが出てくる僕からするとすごく短い。
そんな短いはたらく時間のなかで、自分のしたいことを我慢したり、周りと比べて落ち込んだりしている時間はもったいない!と僕は思います。自分を知って「我がまま」に、どんどんパブリックな空間に飛び込んでいかないと(笑)。
ーー(編集部)そう思うと、自己理解することから「はたらく」ことが始まるのかもしれません。ちなみに、「暮らし」をお仕事にされている青木さんはプライベートとの境目が緩やかなのかなと想像したのですが、「はたらく」とはどういうことなのでしょうか。
青木さん
生きることですね。仰る通り、明確にオンとオフがあるわけではなく、今はプライベートと仕事が溶け合っている状態です。
だから常に「生きていてはたらいているし、はたらいて生きている」という感じですね。
ーー(編集部)はたらく=生きる、ですか。
青木さん
自分が自分らしくいるために、「我がままに」いるために、はたらいているような気がします。
やればやるだけできることが増えて、仲間も増えていく。理想が実現したら、また次の理想が見つかって、毎日めちゃめちゃ生きているって感じです(笑)。
もちろん大変だなとは思うけれど、大変の先に未来があるんですよね。
<取材・文=田邉 なつほ>
新着
Interview
障害福祉サービスと利用希望者をベストマッチング!理想の生活をトータルサポートする「みんなのふくし」
新R25編集部
介護・福祉・医療従事者に特化した転職サービス「スマビー」が、圧倒的なマッチングを可能にする秘訣
新R25編集部
広告効果が“信用できない”時代にどう戦う? KIYONOが提案する「事業会社が儲かるDX」の全貌
新R25編集部
宮古島観光をアップデート!安心・安全、快適をフル完備した「ルアナレンタカー」が提案する特別な体験とは
新R25編集部
アウトドア業界から誕生した奇跡の調味料「ほりにし」。開発担当者の“はたらくWell-being”は好きなことを仕事にし、辛いときこそ笑顔でいること
新R25編集部
中京テレビ発!エンタメ知見を活用したメタバース×RPG型ワークショップ「社員クエスト」が始動
新R25編集部