企業インタビュー
日本人が知らない「世界に認められた生地」…産地と伝統を守り広げる“遠州織物ブランドの挑戦”
綿花からシャツづくり…?
新R25編集部
伝統的な「遠州織物」のアパレルブランド「HUIS(ハウス)」。
世界のメゾンブランドにも採用されるほどの、日本が誇る生地「遠州織物」ですが…
ブランドオーナー・松下昌樹さんによれば、その存在は遠州地域の⼈にさえ知られていないのだそう。
伝統技術の認知拡大に挑む、「HUIS」の取り組みに迫ります。
〈聞き手=山田三奈(新R25編集部)〉
世界で認められる「遠州織物」が、地元で知られていない理由
松下さん
「HUIS」が生まれた静岡の遠州(えんしゅう)は、いわゆる「高級コットン生地」の産地です。
⾵合い豊かな最⾼級品質の⽣地は、世界のメゾンブランドでも多く使われています。
“高級生地”を普段着に。洗えば洗うほど一層風合いが出る遠州織物ブランド「HUIS」の魅力
「HUIS」でつかわれる遠州織物は、着れば着るほど“育つ生地”が魅力。こちらの記事でくわしく解説いただいています。
山田
遠州から世界へ。誇らしいですね!
松下さん
はい。ただ…「遠州織物」の技術と⽣地が世界で評価されていることは、日本ではあまり知られていません。
それどころか、地元の⼈さえ知らないんですよ。
山田
地元の人も? それはなぜでしょう…?
松下さん
メゾンブランドの多くが、「遠州織物をつかっている」とわざわざ語らないからです。
「遠州織物」は、限られた職人さんしか扱えない旧式の「シャトル織機」で、わずかな⽣地量しか織ることができない貴重な生地。
それだけに、こうした生地を織る機屋さんのことが知られてしまって他社にも使われてしまうと、自分たちが使える生地の量はどんどん減ってしまいます。
そのため、自分たちが仕入れる生地の産地を明かさないことも、ビジネスとしては自然なことなんです。
山田
素晴らしい技術だからこそ、ブランドが独り占めしたがると。
松下さん
そうなんですよ。
いい⽣地をつくればつくるほど、産地や機屋さんに当たるはずのスポットライトが遠ざかっていくのが歯がゆくて…
⻑い歴史を持つ遠州の技術を残すためにも、「素晴らしい技術を持った⼈たちが、素晴らしい⽣地をつくっている」ということを⼀⽣懸命発信していく。
これが私たちの使命だと思っています。
綿花からシャツをつくる「棚⽥プロジェクト」始動
山田
具体的には、どんな取り組みをされているんですか?
松下さん
まずは、「遠州地域がもともとは綿の産地なんだ」っていうことから啓発するのも、大切なことだと思っていて。
2023年春から、「HUIS」では地元農家さんと連携して、久留女木(くるめき)の棚田で綿花栽培をおこなう「久留女木の棚田×遠州織物プロジェクト」をスタートさせました。
育てた綿花を糸に紡績し、遠州の機屋さんに⽣地を織ってもらって、「HUIS」のシャツに仕立てる一大プロジェクトです。
山田
「糸」になる前の「綿花」からシャツづくりを…?
松下さん
はい。
江戸時代以降、日本は綿花の栽培が盛んになりましたが、なかでも国内有数の⽇照量を誇る遠州は、かつて綿花の⼀⼤産地だったんです。それが今の遠州織物のルーツとなっています。
このプロジェクトでも、種を蒔いて、苗を植えて、雑草を抜いて、支柱を立てて…と、約10カ月の月日をかけて綿花を収穫しました。農作業は地元の子どもたちにも参加してもらっていて、自然に触れて産業を知る良い機会になっていると思います。
無事、予定どおり綿の収穫もすることができました。
ふわふわ
松下さん
この綿を糸にして、「遠州織物」として生地を織り始められるのはもう少し先のことです。
山田
糸になってからやっと工業段階に入ると。改めて、服ができるまでの道のりって長いんですね…
松下さん
ほんとうにそうなんですよ。
実際、売り場に並んでいる服を⾒るだけでは、生地になるまでのこうした長い工程をイメージすることってないじゃないですか。
でも、綿花を育てる、糸を作る、生地を織る、服を縫う…、それ以外にも、糸を撚る、染色する、プレスをかける…、まだまだいくらでも工程はあって。
洋服1着ができるまでに、無数の職人さんたちの手作業が積み重ねられています。
松下さん
まずは服を着る私たち消費者が、そうしたことをイメージできるきっかけが大切です。
このプロジェクトを通して、いかに多くの⼈の⼿が加わって「遠州織物」が生まれているかを知っていただく機会になればうれしいですね。
繊維の技術と伝統を残すために立ち上がった“若手集団”
松下さん
このように「HUIS」では、“遠州ブランド”として産地を残す活動をしているんですが…
残念なことに今、機織りや染⾊をおこなう「遠州の繊維業界」は縮小を続けています。
最盛期は1000軒以上あった機屋さんも、現在残っているのは数十軒となってしまっていて、この数字だけ見てもほんとうに風前の灯火のような状況ですよね。
山田
そうなんですか…それはなぜ?
松下さん
繊維業は、原料の高騰や職人の高齢化、事業者の廃業など、今まで以上に苦しい状況に直面していて、新たな事業者が現れることはほとんどありません。
仮に「新しく機織り工場を建てたい!」という想いはあっても、設備投資を考えると現実的ではないんです。
山田
じゃあ、永続的に産地を残すにはどうしたらいいのでしょうか?
松下さん
今残っている繊維事業者さんたちが、健全に事業を続けていける環境づくりが大事です。
さっき言ったように、遠州産地の機屋さんたちの数は減少を続けてきたわけなんですが、逆に言うと今残っている機屋さんたちっていうのは、“やめなかった人たち”なんですよね。
彼らが何をしたのかというと、圧倒的な差別化を図った生地をつくってるんです。技術も、製品も、超研ぎ澄ませてる。そうやってむしろ光り輝いて生き残っている人たちなんです。
山田
すごい技術を持つ事業者さんだけが残っていると。
松下さん
はい。でも…冒頭でお話ししてたように、「すごい技術を持っているのに、逆にスポットがあたらなくなってしまう」というジレンマを抱えているのが、遠州産地の難しいところ。
そこで「遠州産地の技術と伝統にスポットをあてて伝え残そう」と、繊維業界の若手が立ち上がりました。
2023年に結成された、遠州織物を盛り上げる「entrance(エントランス)」というグループです。
繊維の生産に携わる若い世代を中心に、アパレルデザイナー・デザインディレクター・アパレル企業などが参画しています。
山田
若手のグループが! 頼もしい。どんな活動をされているんですか?
松下さん
産地としてのいろいろな取り組みを企画する「遠州さんち未来会議」という集まりを定期的に開催していて、参加者は回を追うたびに増えています。
2023年は、「遠州織物」の⽣地を⾃由に選んで服を仕⽴てられるセミオーダーのイベントや、機屋⾒学ツアーの開催などをしたんですが、2024年はさらにいろんな企画が進んでいます。
松下さん
生産者自らが「遠州織物の価値を伝えること」「遠州産地の担い手を育てること」の2つが大切だと思っていて。
東京では、清澄白河・リトルトーキョーでのトークイベントや、渋谷スクランブルスクエアでの定期的な販売イベントを開催いたします。
また地域内では、大手セレクトショップさんでのentrance商品の常設ブース展開や、繊維業のことを学びたいという小中学校へentranceメンバーが出前講座をおこなえるよう教育現場との連携などを進めています。
遠州産地で、面白いことがどんどん起こっている!という雰囲気が、地域内外に伝わっていくといいですね。
⽇本中の繊維産地との輪で、おしゃれをもっと楽しく
松下さん
それから「HUIS」の活動をしていくなかで、遠州以外にも日本にはさまざまな繊維産地があると知って、素晴らしい生地をつくる方々と交流してきました。
遠州産地を盛り上げたいのはもちろんなんですが、ほかにもそうした日本の素晴らしい生地のことをもっともっと伝えたいと思っているんです。
山田
地域を超えて盛り上げていきたいと。
松下さん
はい。「HUIS」としても、セカンドブランド的に派生ブランドが生まれてきました。
最⾼級の「SUVIN COTTON(スビンコットン)」でつくる和歌⼭の丸編みカットソー「HUIS in house」や、旧式の巻取り式ダブルシリンダーで編む「HUIS.のくつした」、柔らかく暖かな尾州のリサイクルウールでつくる「遠州×尾州シリーズ」など…
いずれも各産地の特徴あるものづくりを味わえるアイテムです。
山田
産地のことを少し知ると、アイテムにも愛着が湧きそうです!
松下さん
ですよね。素材や⽇本の繊維産地のことを知ると、“おしゃれ”はもっともっと楽しくなるはずなんです。
そこで、「遠州織物」やデザイン、さらには「HUIS」の服の楽しみ方もたっぷりと掲載した書籍『HUIS.の服づくり』(主婦と生活社)も発売しました。
松下さん
もともと市役所勤めだった私が夫婦でブランドを立ち上げた経緯から、ビジネス書の側面もある本です。
アパレル業界の問題、「HUIS」の服が低価格な理由、売り場でのコミュニケーション法など…“業界のリアルな話”にまで踏み込んでいます。
山田
松下さん、元は市役所勤務だったんですか!? さらっと明かされる新事実…
松下さん
じつはそうなんです(笑)。興味がある方は、ぜひ手にとってみてください!
松下さん
遠州のほかにも、⽇本には素晴らしい繊維産地がたくさんあります。
さまざまな産地発のブランドが切磋琢磨する未来のためにも、私たちはこれからも多くの方が「遠州織物」や繊維産地に触れられる機会をつくっていきます!
収穫した綿花から1枚の服になるまでのストーリーを追いかけ、伝統技術を守る「HUIS」。
廃れつつある繊維業界を盛り上げようとする若手集団「entrance」の活動とともに、産地の物語を未来へとつなぐ取り組みから目が離せません。
誇らしい“⽇本のものづくり”を、買い物で応援してみませんか?
<執筆:吉河未布、編集:山田三奈>
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